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東京地方裁判所 昭和42年(行ウ)201号 判決

原告 小岩井佐一

被告 荒川税務署長

訴訟代理人 島尻寛光 室岡克忠 ほか二名

主文

一  被告が原告に対し昭和四〇年一一月一七日付でした原告の昭和三八年分の所得税についての更正及び過少申告加算税賦課決定は、総所得金額一、七四一、〇二八円を基礎として算出される各税額を超える限度においていずれもこれを取消す。

二  被告が原告に対し右同日付でした原告の昭和三九年分の所得税についての更正及び過少申告加算税賦課決定(ただし、いずれも昭和四二年八月二二日付審査裁決により一部取消された後のもの。)は、総所得金額一、九九〇、二七七円を基礎として算出される各税額を超える限度においていずれもこれを取消す。

三  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用はこれを五分し、その一を被告、その余を原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告に対し昭和四〇年一一月一七日付でした原告の昭和三七年分ないし昭和三九年分所得税についての各更正及び各過少申告加算税賦課決定(ただし、昭和三九年分についてはいずれも昭和四二年八月二二日付審査裁決によつて一部取消された後のもの。)を取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二原告の請求原因

一  原告は、クリーニング業を営むいわゆる白色申告者であるが、その昭和三七年分ないし昭和三九年分の所得税について、別表一の各「確定申告」欄記載のとおり確定申告をしたところ、被告は、右各年分につき同表各「更正」欄記載のとおり更正及び過少申告加算税賦課決定(以下これらをあわせて「本件処分」という。)を行ない、原告は、これに対し、同表記載の経緯により、法定の行政不服審査手続を経由した。

二  しかし、原告の総所得金額は、いずれも確定申告のとおりであり、本件処分(ただし、昭和三九年分については昭和四二年八月二二日付審査裁決によつて一部取消された後のもの。以下同じ。)は、原告の所得を過大に認定したものであつて違法である。

三  本件処分は、また次の理由によつても違法である。

1  本件処分は、原告が荒川民主商工会(以下「荒川民商」といい、民主商工会を単に「民商」ともいう。)に加入していることを理由に、被告の荒川民商に対する組織破壊工作の一環としてなされたものであり、憲法二一条、一四条に違反し、また課税目的を実現するためではない不純な動機に基づくものであるから違法である。

すなわち、課税庁当局は、従前は民商と一定の協調関係を保つていたのであるが、昭和三八年五月ころからは、民商を反税団体であるとして、その存在や活動を嫌悪するようになり、全国的に民商の組織破壊工作を行なうようになつた。その方法は、税務署と民商との間で確立していた従前の慣行の一方的破棄や、民商を反税団体であるとする宣伝等にとどまらず、民商会員に対する強要や利益誘導を伴う脱会工作、あるいは会員に対する差別的な税務調査や推計による苛酷な更正処牙等による挑発やいやがらせまでも行なわれた。この事情は、荒川民商においても同様であり、荒川税務署には、昭和四〇年ころには民商専門の係が設けられ、会員に対し民商脱会の利益誘導や脅迫が行なわれていたのであり、したがつて、原告に対する本件処分あるいはその前提の調査も、被告の民商弾圧の目的のために、その破壊工作の一環としてなされたものであつて、憲法の前記法条に違反し、これが違法で.あることは明らかである。

2  確定申告にかかる所得税について更正処分をするについては、客観的な調査結果に基づく相当の根拠を必要とするものであるところ、本件処分は、調査に基づかず、確たる根拠なしに行なわれたものであり、この点においても違法である。

すなわち、更正処分は、確定申告の存在を前提として、その内容が税額の計算において誤つている場合や税務署長の調査結果と異なつている場合に限つて行なわれる例外的な確定手続であるから、確定申告を否認し、更正処分をするについては十分な調査に基づく相応な根拠が必要であることは申告納税制度をとる以上当然である。しかるに、本件処分は、原告の確定申告を否認し、調査に基づかずなんら確たる根拠もなくなされたものであつて違法である。

3  仮に前記2が認められないとしても、本件処分にあたつて行なわれた被告の調査は、次に述べる理由により違法であり、したがつてまた本件処分も違法である。

(一) 所得税法二三四条によれば、税務職員は「納税義務ある者」あるいは「納税義務があると認められる者」に対し、必要がある場合に限り調査することができると規定されているが、原告は、昭和三七年分ないし、昭和三九年分(以下「本件係争年分」という。)の所得税につき、すでに確定申告とそれに基づく税額の納付をすませていたものであるから、もはや右にいわゆる「納税義務ある者」等には該当しないのであり、原告について調査をする必要はなかつたのであつて、本件において行なわれた調査は、右規定の要件を充足せず、違法なものといわなければならない。

(二) また、本件の調査にあたつた被告所部の係官(以下「被告係官」という。)は、原告方への臨店調査に際し、質問検査の要件たる身分証明書を携帯しなかつたのみならず、原告に対し調査の理由をまつたく明らかにしようとせず、また、原告らの許可を得ないで無断で原告の伝票類をメモしたり、あるいは原告の店舗が改築中あるいはその準備で忙しいときに調査に訪れたりするなど、その調査方法自体も違法あるいは極めて不当であつた。しかも被告係官は、原告が調査を拒否していないにもかかわらず(原告方での臨店調査が成功しなかつたとすれば、それは右のような被告係官の違法不当な行為が原因である。)その承諾を得ないで反面調査を行なつており、この点においてもその調査は違法といわざるをえない。

四  よつて原告は、被告のした本件処分の取消を求める。

第三請求原因に対する認否及び被告の主張

一  認否

1  請求原因一の事実は認める。

2  同二及び三の本件処分が違法であるとする原告の主張はすべて争う。

二  課税根拠についての被告の主張

1  本件処分に至る経緯と推計の必要性

原告は、いわゆる白色申告者であり、本件係争年分の所得税について、いずれも事業所得として、別表一の各「確定申告」欄記載の所得金額及び税額の申告をしたものであるが、被告は、原告の申告による所得金額がその事業規模に比較していずれも著しく低額であり、また原告の申告については相当期間にわたり実額による調査を行なつていなかつたことから、原告の前記申告にかかる所得金額が適正なものかどうかを確認する必要があつたため、被告係官によりその調査を行なつた。その結果、本件係争年分についての原告の前記申告にかかる所得金額が過少であると認められたので、被告は、右調査に基づき本件処分を行なつたものである。

そして、原告の本件係争年分の所得金額は、次に述べる調査の経緯により、推計により算定することが必要であつた。

すなわち、被告係官は、昭和四〇年八月三日から同年一一月四日までの間数回にわたり原告方の臨店調査に赴き、原告に対し、所得の計算に必要な帳簿、記録等の呈示を求め、あるいは原告に対し質問したのであるが、原告が不在であつた一回を除き他の場合には、民商会員と称する者があらわれて被告係官の調査を妨害したり、あるいは原告自身が調査を拒否したりしたことなどにより、結局調査の目的をまつたく達することができず、原告自身からは、所得の計算について必要な事実について確かめることができなかつた。

右の事情は、異議申立時における被告係官の調査についてもほぼ同様であり、原告は、不在や多忙を理由に、被告係官の再三にわたる連絡にも応じないで調査にまつたく協力せず、原告自身が提出することを約した収支計算書についても結局提出せず、他の原始記録等の提出を求めても、見当たらないとの理由によりこれを拒絶した。なお、審査請求時においても、原告は、帳簿書類等を紛失したとして提出しなかつた。

以上のように、原告は、被告の調査を拒み、帳簿書類も終始提示することがなかつたので、被告としては、やむをえず推計により原告の所得金額を算定せざるをえなかつたものである。

2  原告の総所得金額の算定根拠(同業者の従事員一人あたりの売上金額による推計)

(一) 所得率を個人の同業者比率によつた場合

被告が、原告の本件係争年分の所得税について行なつた本件処分において認定した総所得金額(課税標準)は、別表一の各「更正」欄(ただし、昭和三九年分は裁決欄記載のとおりであるところ、原告の実際の総所得金額は、以下のとおり、昭和三七年分は一、七〇一、二五七円、昭和三八年分は二、一二九、〇一五円、昭和三九年分は二、四五三、七三七円であるから、いずれも右金額の範囲内において原告の所得金額を認定した本件処分は適法である。

(昭和三七年分)

原告の実際の所得金額の算定は次表のとおりであり、その各項目の計算根拠は(1)ないし(3)のとおりである。

項目

金額(円)

売上金額

六、〇一〇、〇〇〇

製造原価

四三二、七二〇

売買利益

五、五七七、二八〇

一般経費

一、九三七、〇二三

特別経費控除前所得

三、六四〇、二五七

雇人費

一、九三九、〇〇〇

所得金額

一、七〇一、二五七

(1) 売上金額 六、〇一〇、〇〇〇円

原告の納税地を管轄する荒川税務署管内(以下「管内」という。)のクリーニング業を営む法人のうち、原告と同規模と認められる従事員五人から一五人までの法人(法人名は、abc……の記号をもつて示す。)の昭和三七年分に属する年度について、従事員一人当り平均売上金額を六〇一、〇〇〇円と算定し(その算定方法は別表二のとおり。)、これに原告の従事員一〇人を乗じて売上金額を六、〇一〇、〇〇〇円と算定したものである。

なお、原告の従事員数は、原告から東京都クリーニング環境衛生同業組合に申告された昭和三六年一一月一日現在の従事員数(一〇人)と昭和三七年一一月一日現在の従事員数(一〇人)を平均したものであり、右従事員数は、原告および原告の妻を含まない員数である。

(2) 製造原価、売買利益、一般経費及び特別経費控除前所得管内の青色申告による個人のクリーニング業者のうちから、売上金額一、〇〇〇、〇σ〇円程度以上の納税者(氏名はabc……の記号をもつて示す。)について、昭和三七年分の売上金額、製造原価、売買利益、一般経費及び特別経費控除前所得を算定し、売上金額に対する製造原価、売買利益、一般経費及び特別経費控除前所得のそれぞれの平均割合を求めると、別表三のとおり製造原価率七・二〇%、売買利益九二・八〇%、一般経費率三二・二三%、特別経費控除前所得率六〇・五七%となる。そこで、これらの各平均割合を原告の売上金額六、〇一〇、〇〇〇円に乗じ、原告につき、

製造原価

四三二、七二〇円

売買利益

五、五七七、二八〇円

一般経費

一、九三七、〇二三円

特別経費控除前所得

三、六四〇、二五七円

を算定したものである。

(3) 雇人費 一、九三九、〇〇〇円

原告の昭和三六年分確定申告書及び昭和三八年分確定申告の添付書類に雇人費としてそれぞれ計上されている額一、六八四、一三五円及び二、一九三、八六五円を合計し、その平均額一、九三九、〇〇〇円を昭和三七年分の雇人費として認容したものである。

(昭和三八年分)

原告の実際の所得金額の算定は次表のとおりであり、その各項目の計算根拠は(1)ないし(3)のとおりである。

項目

金額(円)

売上金額

六、八四〇、〇〇〇

製造原価

三九三、九八四

売買利益

六、四四六、〇一六

一般経費

二、一二三、一三六

特別経費控除前所得

四、三二二、八八〇

雇人費

二、一九三、八六五

所得金額

二、一二九、〇一五

(1) 売上金額 六、八四〇、〇〇〇円

管内のクリーニング業を営む法人のうち、原告と同規模と認められる従事員五人から一五人までの法人(法人名は、アイウ……の記号をもつて示す。)について、その昭和三八年分に属する年度の従事員一人当り平均売上金額を七二〇、〇〇〇円と算定し(その算定方法は別表四のとおり。)、これに原告の従事員九・五人を乗じて売上金額を六、八四〇、〇〇〇円と算定したものである。

なお、原告の従事員数は、原告から東京都クリーニング環境衛生同業組合に申告された昭和三七年一一月一旺現在の従事員数(一〇人)と昭和三八年一一月一日現在の従事員数(九人)を平均し九・五人と算定したものである。

(2) 製造原価、売買利益、一般経費及び特別経費控除前所得管内の青色申告による個人のクリーニング業者のうちから売上金額一、〇〇〇、〇〇〇円程度以上の納税者(氏名は、あいうえおの記号をもつて示す。)について、昭和三八年分の売上金額、製造原価、売買利益、一般経費及び特別経費控除前所得を算定し、売上金額に対する製造原価、売買利益、一般経費及び特別経費控除前所得のそれぞれの平均割合を求めると、別表五のとおり製造原価率五・七六%、売買利益率九四・二四%、一般経費率三一・〇四%、特別経費控除前所得率六三・二〇%となる。

そこで、これらの各平均割合を原告の売上金額六、八四〇、〇〇〇円に乗じ、原告につき、

製造原価

三九三、九八四円

売買利益

六、四四六、〇一六円

一般経費

二、一二三、一三六円

特別経費控除前所得

四、三二二、八八〇円

を算定したものである。

(3) 雇人費 二、一九三、八六五円

原告の昭和三八年分確定申告書の添付書類に雇人費として計上されている額二、一九三、八六五円を認容したものである。

(昭和三九年分)

原告の実際の所得金額の算定は次表のとおりであり、その各項目の計算根拠は(1)ないし(4)のとおりである。

項目

金額(円)

売上金額

七、四八〇、〇〇〇

製造原価

五八四、九三六

売買利益

六、八九五、〇六四

一般経費

二、三〇六、八三二

特別経費控除前所得

四、五八八、二三二

雇人費

二、〇四八、一九五

事業専従者控除額

八六、三〇〇

所得金額

二、四五三、七三七

(1) 売上金額 七、四八〇、〇〇〇円

管内のクリーニング業を営む法人のうち原告と同規模と認められる従事員五人から一五人までの法人(法人名は、イロハ……の記号をもつて示す。)についてその昭和三九年分に属する年度の従事員一人当り平均売上金額を八八〇、〇〇〇円と算定し(その算定方法は別表六のとおり。)これに、原告の従事員八・五人を乗じて売上金額を七、四八〇、〇〇〇円と算定したものである。

なお、原告の従事員数は、原告から東京都クリーニング環境衛生同業組合に申告された昭和三八年一一月一日現在の従事員数(九人)と昭和三九年一一月一日現在の従事員数(八人)を平均し八・五人と算定したものである。

(2) 製造原価、売買利益、一般経費及び特別経費控除前所得管内の青色申告による個人のクリーニング業者のうちから売上金額一、〇〇〇、〇〇〇円程度以上の納税者(氏名は、いろは……の記号をもつて示す。)について、昭和三九年分の売上金額、製造原価、売買利益、一般経費及び特別経費控除前所得を算定し、売上金額に対する製造原価、売買利益、一般経費及び特別経費控除前所得のそれぞれの平均割合を求めると、別表七のとおり製造原価率七・八二%、売買利益率九二・一八%、一般経費率三〇・八四%、特別経費控除前所得率六一・三四%となる。

そこで、これらの各平均割合を原告の売上金額七、四八〇、〇〇〇円に乗じ、原告につき、

製造原価

五八四、九三六円

売買利益

六、八九五、〇六四円

一般経費

二、三〇六、八三二円

特別経費控除前所得

四、五八八、二三二円

を算定したものである。

(3) 雇人費 二、〇四八、一九五円

原告の昭和三九年分確定申告の添付書類に雇人費として計上されている額二、〇四八、一九五円を認容したものである。

(4) 事業専従者控除額 八六、三〇〇円

昭和四〇年法律三三号による改正前の所得税法一一条の二第三項に基づく事業専従者控除額である。

(二) 所得率を法人の同業者比率によつた場合

前記(一)の推計方法は、売上金額については法人の同業者比率により、所得率(特別経費控除前所得が売上金額に占める割合、換言すれば製造原価率と一般経費率の合計を一〇〇%から差しひいたもの。)については個人の同業者比率により、そたぞれ算定したものであるが、本件係争年分の原告の所得率についても、売上金額の推計に使用した法人の同業者を用いて算出すると、別表八ないし一〇のとおり、その平均は、昭和三七年分は五八・一八%、昭和三八年分は六〇・七九%、昭和三九年分は六一・六八%となり、これと前記(一)の個人同業者の所得率とを対比すれば、次表のとおりとなる。

なお、法人同業者の所得率の算定にあつては、第一に、前記(一)の個人同業者の所得率は特別経費控除前の所得率であるから、法人同業者の所得率を求める場合にも、それと同様に特別経費に相当する損金(本件の場合は給料及び地代家賃)は控除せずに(すなわち、その分を損金額から減額して)所得率を求める必要があり、また第二に、減価償却費の計算については、原告が減価償却の方法につき所定の届出をしていないので、それは、定額法によつて計算されるべきなので(所得税法施行規則(昭和四〇年三月三一日政令第九六号による改正前のもの。)一二条の一五)、法人同業者のうちで定率法によつて減価償却費の計算をしているものについては、定額法によつて換算しなおす必要があるので右の二点を考慮したうえで、営業利益の金額を別表八ないし一〇のとおりとして、所得率を算出した。

課税年分

個人同業者の所得率

(%)

法人同業者の所得率

(%)

昭和三七年分

六〇・五七

五八・一八

昭和三八年分

六三・二〇

六〇・七九

昭和三九年分

六一・三四

六一・六八

以上によれば、右の表で明らかなとおり、両者の所得率にはほとんど差異がなく、また、右の法人同業者の所得率により原告の所得金額を前記(一)と同様に算出すると、次表のとおりとなり、本件係争年分のいずれについても本件処分の認定額を上まわることになる。したがつて、右各所得率のいずれを用いても、本件処分は結局適法であるといわなければならない。

(単位円)

昭和三七年分

昭和三八年分

昭和三九年分

売上金額

六、〇一〇、〇〇〇

六、八四〇、〇〇〇

七、四八〇、〇〇〇

特別経費控除前所得

三、四九六、六一八

四、一五八、〇三六

四、六一三、六六四

雇人費

一、九三九、〇〇〇

二、一九三、八六五

二、〇四八、一九五

所得金額

一、五五七、六一八

一、九六四、一七一

二、五六五、四六九

(三) 売上金額の推計方法の合理性について

被告が推計に用いた同業者や原告は、いずれも一般顧客を対象として小規模なクリーニング業を営んでいるものであるが、このようなクリーニング業にあつては、その作業工程において、洗濯前の預り、マーク、点検、分類あるいは仕上工程以後の検査、整理、点検、配達等はすべて人力に頼らざるをえず、またオートメーシヨン化されていない業者にあつては、洗濯、脱水、脱油、乾燥等の工程にも人力が必要である。さらに、クリーニング業では、その業態からして、外回り受注はもちろんのこと、店での預りの場合においても煩雑な受注引渡台帳の記載を余儀なくされているところである。そして、このような作業には、多くの専門的能力ないし技術を要しないのであるから、その従事員の質によつては、作業量に大きな開差は生じない。

してみれば、一般のクリーニング業の場合、従事員の数によつて自ら日常の作業力に限界があるものといわなければならず、また、クリーニングの代金は、地域によつてほぼ一定しているので、このような作業力の多寡によつて売上金額が左右されることはいうまでもないことである。逆に言えば、売上金額の多い店は、それだけ多くの従事員を要するのである。

以上のとおり、原告のような個人事業者が営むクリーニング業においては、従事員の作業能力したがつて従事員数が、当該事業の作業量、ひいては売上金額を決定づける重要な要素であることから、原告と同程度の事業規模と認められる法人同業者一人あたりの売上金額を基準として、原告の本件係争年分の売上金額を推計することは、合理的であるといわなければならない。

3  同業者の雇人費率による売上金額の推計

被告の採用した前記2の推計方法が正当であることは、また、同業者の平均雇人費率による推計方法によつても裏づけられる。

すなわち、以下の記述において明らかなように、同業者の平均雇人費率によつて原告の本件係争年分の売上金額を推計し、これに基づき原告の所得金額を算出しても、昭和三七年分及び昭和三八年分については本件処分による認定額を上回ることは後記のとおりであるのみならず、右の推計により得られた原告の売上金額は、前記2の推計により得られた売上金額に近似し、両者に大きな差はみられない。したがつて、以上の推計方法はいずれも正当なものであり、合理的であるといわなければならない。

なお、雇人費率による売上金額の推計が、それ自体合理的であることは、以下の本件係争年分の同業者の平均雇人費率が、各年分ともいずれも近似していることからも明らかというべきである。

(昭和三七年分)

昭和三七年分の管内の法人同業者(別表二に同じ。)の売上金額、代表者等の給料控除後の雇人費の額等は別表一一のとおりであり、また、右控除後の雇人費が売上金額に占める割合(雇人費率)は同表のとおり平均二八・〇一%と求められる。

そこで、前記2(一)記載の原告の昭和三七年分の雇人費一、九三九、〇〇〇円を右で得られた二八・〇一%で除すると、原告の同年分の売上金額は、次のとおり六、九二二、〇〇〇円と算出される。

一、九三九、〇〇〇円÷二八・〇一%=六、九二二、〇〇〇円

(昭和三八年分)

管内の法人同業者(別表四に同じ。)の昭和三八年分の雇人費等は別表一二のとおりであり、前同様の雇人費の売上金額に占める割合を求めると、同表のとおり平均三〇・九三%となる。

そこで、前同様に、原告の昭和三八年分の雇人費二、一九三、八六五円を右で得られた三〇・九三%で除すると、原告の同年分の売上金額は、次のとおり七、〇九三、〇〇〇円となる。

二、一九三、八六五円÷三〇・九三%=七、〇九三、〇〇〇円

(昭和三九年分)

管内の法人同業者(別表六に同じ。)の昭和三九年分の雇人費等は別表一三のとおりであり、前同様の雇人費の売上金額に占める割合を求めると、同表のとおり三〇・六二%となる。

そこで、前同様に、原告の昭和三九年分の雇人費二、〇四八、一九五円を右で得られた三〇・六二%で除すると、原告の同年分の売上金額は、次のとおり六、六八九、〇七五円と算出される。

二、〇四八、一九五円÷三〇・六二%=六、六八九、〇七五円

(原告の本件係争年分の所得金額)

以上によつて得られた売上金額をもとに、原告の本件係争年分の所得金額を前記2と同様の方法により算出すると、次表のとおりとなる(なお、次表の「特別経費控除前所得(一)」欄及び「所得金額(一)」欄は、いずれも所得率を前期2(一)の個人の同業者比率によつた場合を、また「特別経費控除前所得(二)」欄及び「所得金額(二)」欄は、いずれも所得率を前記2(二)の法人の同業者比率によつた場合を、それぞれ示すものである。)。

(単位 円)

昭和三七年分

昭和三八年分

昭和三九年分

売上金額

六、九二二、〇〇〇

七、〇九三、〇〇〇

六、六八九、〇七五

特別経費控除前所得

(一)

四、一九二、六五五

四、四八二、七七六

四、一〇三、〇七八

(二)

四、〇二七、二一九

四、三一一、八三四

四、一二五、八二一

雇人費

一、九三九、〇〇〇

二、一九三、八六五

二、〇四八、一九五

所得金額

(一)

二、二五三、六五五

二、二八八、九一一

二、〇五四、八八三

(二)

二、〇八八、二一九

二、一一七、九六九

二、〇七七、六二六

4 原告自身の水道光熱費による収入金額の推計

被告主張の前記の各推計方法が合理的であり、これによれば本件処分が適法であることは、すでに述べたとおりであるが、被告は、さらに予備的主張として、原告が昭和四二年六月七日被告に対し提出した昭和四一年分(以下「基準年分」という。)の収支明細書(以下単に「本件明細書」という。)に基づく、水道光熱費一円あたりの収入金額により、原告の本件係争年分の収入金額等を推計する方法を主張する。

右推計方法によれば、原告の本件係争年分の収入金額あるいは所得金額等は以下のとおり算出される。

なお、以下において、原告の昭和三八年分及び昭和三九年分の水道光熱費(ガス、水道、電気料をいう。以下同じ。)は被告の調査に基づく実額であるが、昭和三七年分については実額が把握できなかつたので、原告が被告に提出した昭和三六年分の「諸経費内訳」に記載された水道光熱費二〇七、九三五円と、被告が調査により把握した昭和三八年分の水道光熱費二六五、七三八円(両年分に大きな差はない。)の平均である二三六、八三六円として計算し、また営業に使用された分のみを算出するにあたつて原告の水道光熱費から除外すべき家事関連分も、実額による把握ができなかつたので、本件係争年分における総理府統計局の家計調査総合報告書あるいは家計調査年報における東京都の全世帯平均の額によることとする。

(昭和三七年分)

原告の所得金額の算定は別表一四のとおりであり、その計算根拠は次の(一)ないし(七)のとおりである。

(一) 収入金額 五、九七四、二五二円

原告の基準年分の水道光熱費一円あたりの収入金額(これを「A」とする。以下昭和三八年分及び昭和三九年分も同じ。)に、原告の昭和三七年分の事業専用部分の水道光熱費(これを「〈1〉」とする。)を乗じて、次の算式により計算した。

A=七、一八二、三五六円(本件明細書の収入金額)÷二五六、三八四円(本件明細書の水道光熱費)=二八・〇一円

〈1〉=二三六、八三六円(原告の本年分の水道光熱費)-二三、五四六円(原告の本年分の家事分水道光熱費)=二一三、二九〇円

収入金額=〈1〉×A=二一三、二九〇円×二八・〇一円=五、九七四、二五二円

(二) 特別経費控除前所得 三、七一九、五六九円

右(一)により計算した収入金額に、原告の基準年分の特別経費控除前所得率(これを「B」とする。以下昭和三八年分及び昭和三九年分も同じ。)を乗じて、次の算式のとおり計算した。

B=四、四七一、九六五円(本件明細書の特別経費控除前所得)÷七、一八二、三五六円(本件明細書の収入金額)×一〇〇=六二・二六%

特別経費控除前所得=五、九七四、二五二円×六二・二六%=三、七一九、五六九円

(三) 雇人費 一、九三九、〇〇〇円

前記2(一)の昭和三七年分の(3)の雇人費の金額である。

(四) 支払利子 六二、〇四五円

原告が昭和三七年中に支払つた借入金利子の合計金額である。

(五) 地代 三一、二〇〇円

原告が昭和三七年中に支払つた地代五二、〇〇〇円に事業専用割合の六〇%を乗じた金額である。

(六) 弁償金 八〇、〇五四円

前記(一)で算出した収入金額に、原告の基準年分の弁償金率(収入金額に占める弁償金の割合、これを「C」とする。以下昭和三八年分及び昭和三九年分も同じ。)を乗じて、次の算式のとおり計算した。

C=九六、六八〇円(本件明細書の弁償金)÷七、一八二、三五六円(本件明細書の収入金額)×一〇〇=一・三四%

弁償金=五、九七四、二五二円×一・三四%=八〇、〇五四円

(七) 建物減価償却費 二二、六三二円

原告が、被告に対し提出した昭和三六年分の諸経費内訳に記載された減価償却費(三〇八、七七〇円)に、原告の基準年分の減価償却費に占める建物減価償却費の割合(これを「D」とする。)を乗じて、次のとおり算出した。

D=五四、四三八円(本件明細書の建物減価償却費)÷(五四、四三八円(同上)+六八八、一八七円(本件明細書の建物以外の減価償却費))×一〇〇=七・三三%

建物減価償却費=三〇八、七七〇円×七・三三%=二二、六三二円

(昭和三八年分)

原告の所得金額の算定は別表一五のとおりであり、その計算根拠は次の(一)ないし(七)のとおりである。

(一) 収入金額 六、七三四、三〇四円

原告の基準年分の水道光熱費一円あたりの収入金額(前記のA)に、原告の昭和三八年分の事業専用部分の水道光熱費(これを「〈2〉」とする。)を乗じて、次の算式のとおり計算した。

〈2〉=二六五、七三八円(原告の本年分の水道光熱費)-二五、三一三円(原告の本年分の家事分水道光熱費)=二四〇、四二五円

収入金額=〈2〉×A=二四〇、四二五円×二八・〇一円=六、七三四、三〇四円

(二) 特別経費控除前所得 四、一九二、七七七円

右(一)により算出した収入金額に、原告の基準年分の特別経費控除前所得率(前記のB)を乗じて、次のとおり計算した。

六、七三四、三〇四円×六二・二六%=四、一九二、七七七円

(三) 雇人費 二、一九三、八六五円

前記2(一)の昭和三八年分の(3)の雇人費の金額である。

(四) 支払利子 一一三、八一三円

原告が昭和三八年中に支払つた借入金利子の合計金額である。

(五) 地代 三一、二〇〇円

昭和三七年分の地代と同様である。

(六) 弁償金 九〇、二三九円

前記(一)の収入金額に、原告の基準年分の弁償金率(前記のC)

を乗じて、次のとおり算出した。

六、七三四、三〇四円×一・三四%=九〇、二三九円

(七) 建物減価償却費 二二、六三二円

昭和三七年分の建物減価償却費と同様である。

(昭和三九年分)

原告の所得金額の算定は別表一六のとおりであり、その計算根拠は次の(一)ないし(八)のとおりである。

(一) 収入金額 六、九七四、二三七円

原告の基準年分の水道光熱費一円あたりの収入金額(前記のA)に、原告の昭和三九年分の事業専用部分の水道光熱費(これを「〈3〉」とする。)を乗じて、次の算式のとおり計算した。

〈3〉=二七六、六三三円(原告の本年分の水道光熱費)-二七、六四二円(原告の本年分の家事分水道光熱費)=二四八、九九一円

収入金額=〈3〉×A=二四八、九九一円×二八・〇一円=六、九七四、二三七円

(二) 特別経費控除前所得 四、三四二、一五九円

右(一)で算出した収入金額に、原告の基準年分の特別経費控除前所得率(前記のB)を乗じて、次のとおり計算した。

六、九七四、二三七円×六二・二六%=四、三四二、一五九円

(三) 雇人費 二、〇四八、一九五円

前記2(一)の昭和三九年分の(3)の雇人費の金額である。

(四) 支払利子 七〇、一〇一円

原告が昭和三九年中に支払つた借入金利子の合計金額である。

(五) 地代 三一、二〇〇円

昭和三七年分の地代と同様である。

(六) 弁償金 九三、四五四円

前記(一)で算出した収入金額に、原告の基準年分の弁償金率(前記のC)を乗じて次のとおり計算した。

六、九七四、二三七円×一・三四%=九三、四五四円

(七) 建物減価償却費 二二、六三二円

昭和三七年分の建物減価償却費と同様である。

(八) 専従者控除 八六、三〇〇円

前記2(一)の昭和三九年分の(4)の事業専従者控除額と同様である。

三  原告主張の違法事由についての被告の主張

1  請求原因三1について

原告は、本件処分あるいはその前提たる調査は民商弾圧目的で行なわれたと主張する。

しかし、被告が原告に対し調査を行ない、本件処分をした理由は、前記二1のとおり、原告の申告がその事業規模に比し低額であり、しかも原告の申告については長期間調査をしていなかつたことによるものであり、原告が民商会員であることを理由として、これを行なつたものではない。したがつて、本件処分が民商を弾圧する目的でなされたということはなく、原告の主張は失当である。

2  請求原因三2について

原告は、本件処分は調査に基づかないでなされたものであると主張する。

しかし、被告は、前記二1のとおり原告に対する調査を行なつたほか、右の調査によつては原告の拒否のため実額の把握が不可能であつたので、本件処分をするにあたつて、やむなく原告の取引先の金融機関や経費の支出先の調査をしたほか、原告の同業者の実態などの資料を収集し、それらの結果に基づいて原告の所得金額を推計し、本件処分を行なつたのである。

ところで、国税通則法二四条にいう調査とは、納税者方への臨店調査のみを意味するものではなく、課税標準等または税額等を認定するに至る一連の判断過程の一切を意味し、課税庁の証拠資料の収集、証拠の評価あるいは経験則を通じての要件事実の認定、租税法その他の法令の解釈適用を経て、更正処分に至るまでの思考判断を含むきわめて包括的な概念である。そして、かかる調査の方法、時期など具体的な手続規定は全く設けられていないから、その手続面に関しては課税庁に広汎な裁量権が認められているものと解されるのである。

したがつて、本件処分をなすにあたつて、被告が調査を行なつていることは明らかであつて、本件更正処分が調査に基づかないものであるとの原告の主張は理由がなく、失当である。

第四被告主張の課税根拠についての原告の反論

一  推計の必要性について

被告は、原告の調査拒否により原告の所得についての実額が把握できなかつたため、本件処分は推計によつたと主張する。

しかし、原告の請求原因三3(二)で述べたように、被告係官の原告に対する調査は、極めて違法不当なものであつたから、原告はその非を正したにすぎず、仮に被告係官が不当な行為をせず、また調査理由の開示に素直に応じ、あるいは原告が多忙の時期の調査を避けるなどしていれば、原告はその質問検査に応ずることになんらやぶさかでなかつたのである。したがつて、原告は、被告の調査を拒否していたものではないから、原告に対する違法不当な質問検査によつて調査の目的を達することができなかつたからといつて、推計による課税処分が許容されることにならないのは当然である。

以上を要するに、本件処分は、推計の必要性の要件を欠くのにこれによりなされたものであつて、この点においてすでに違法といわなければならない。

二  課税処分取消訴訟の訴訟物について

本件訴訟のような課税処分取消訴訟の審判の対象(訴訟物)は、他の行政処分取消訴訟と同様に、処分時における当該課税処分の違法性であると解すべきであるから、被告は本件処分それ自体の課税要件事実を本訴において確定的な形で主張立証すべきである。すなわち、更正処分の際の所得計算の方法によつて特定された課税処分と税額は、それ自体訴訟物とみるべきであつて、少なくとも課税処分の際のものと計算類型を異にする課税根拠の主張は、これとは別の訴訟物であると解さなければならない。そうでなければ、異議申立、審査請求等の行政不服審査手続において、原処分の争点を明らかにして税務署長の違法な処分を是正することの実効性は失われ、法が行政不服審査手続をまず経由することを求めている趣旨を没却することになるからである。したがつて、原処分と異なる課税根拠により、原処分を上まわる所得金額を主張することは、訴訟においても許されないというべきである。

しかるに、本訴において、被告は、原処分たる本件処分それ自体の課税根拠をなんら主張立証せず、これとは異なる推計による課税根拠をあらたに主張しているものにすぎないことは明らかであるから、帰するところ本件処分は、その適法性について主張立証されていないことになり、取消を免れないといわなければならない。

三  被告主張の推計方法一般の合理性について

課税処分における推計が合理的であるとされるためには、当該推計が、具体的な事案に即して最も適正であり、実額と合致する蓋然性が最も高いとの確信が得られるべき方法と事実に基づくことを要するのは、いうまでもないことである。

一般に、推計の方式それ自体は、いく通りもの方法が存在し、その方式の組合せや基礎事実の選択の仕方によつて、実に多様な推計結果が得られるのであるが、その中で合理的な推計とされるものは、最も実額に近いと客観的に認められるもの唯一つでしかありえない。そうだとすれば、被告において主張すべき推計方法とその結果は、一つに限られるべきであつて、いたずらに原処分と異なる推計方法により原処分の認定額を上回る額の推計結果を主張したり、さらに新たな推計方法による水増しの金額を主張したりすることは許されないところといわなければならない。

しかるに、被告は、本訴において三通りの推計方法(しかも前二者については、所得率の同業者比率を個人同業者によるか法人同業者によるかによつて、それぞれさらに二通りの結果が得られる。)を主張し、これと原処分時あるいは審査裁決時に用いられた推計をあわせれば、実に七通りもの方法が本件処分にあたつて主張されたことになるのである。そして以上によれば被告が、このように多様な推計方法により、それぞれ相違する数額を主張せざるをえないこと自体、被告主張の推計がいずれも合理性を欠いていることを物語つているものというべきである。

四  同業者の従事員一人あたりの売上金額による推計の合理性について

1  クリーニング業においては、各業者の立地条件、得意先(値引の有無)、取扱う品物、店構え、機械設備等とともに、従事員についても、その年令、性別あるいは外交員と作業従事員の割合等の条件はそれぞれ異なり、他の業種とは違つて、単に同業ということだけで、従事員数を比較してその売上金額を算出することはできないというべきである。

すなわち、従事員数を事業規模と結びつけるのは、被告独自の発想であつて、原告のようなクリーニング業者の場合、アルバイトなど短期間雇用の者が多く、かつ従事員の出入りが激しい雇用状態では、従事員の数が事業規模、したがつて売上金額に比例しないのが、むしろ通常なのである。このことは、被告の主張するいくつかの同業者の従事員数と売上金額を比較してみても、両者には相関関係がなく、必ずしも従事員が多ければ売上もそれに比例して増加するものでないことからも明らかである。

さらに、原告は、立地条件があまりよくないうえに、昭和三八年当時は、同業者の安売り競争にまきこまれ売上げが伸びなかつた時期が続いたことや、大口取引を期待して国鉄共済組合関係と継続取引した際に値引きにより経費倒れになつたことなどの特殊事情があり、その経営は極めて苦しかつたものであるから、同業者の従事員数との比較による売上金額の推計が合理的でないことは、この点からも明らかである。

2  被告は、原告の事業所得を推計するにあたつて、売上金額及び所得率について、別表二ないし一〇のとおりの法人または個人同業者の比率によることを主張しているが、右の同業者は、単にabc等の符号で表示されているにとどまり、その所在や氏名についてはなんら明らかにされていない。

しかし、そもそも推計方法が合理的であるとするためには、当該事業者の所得を算定する基礎として用いる類似同業者の選択が合理的になされていることが不可決の前提であるから、その同業者の実在性データの正確牲は、もとより、その営業規模、営業内容、立地条件等、所得に影響を及ぼす諸条件を当該事業者のそれと比較して、両者の類似性が明確に立証された後でなければ、これを推計の基礎とすることはできないものといわねばならないのであるが、本件において、右のように同業者の住所、氏名など一切が明らかにされない以上、被告主張の同業者の存在並びにその営業規模、内容、立地条件等が原告のそれと類似するかどうかについては、原告において被告の主張立証に対して有効な反証を提出することが実質的に不可能か、少なくともこれを行なうにつき著しい困難をきたすことは明らかである。

そうであるならば、被告が、同業者を符号で示し、その氏名等を一切明らかにしないまま、これを推計の資料として用いることを主張立証することは、当事者衡平の見地からも、また訴訟上の信義則からも許されないものといわなければならない。

のみならず、被告主張の法人同業者が現に実在すること、あるいはその従事員数等の正確性について、原告が東京都クリーニング環境衛生同業組合において調査したところによれば、被告の主張に該当するような同業者の多くは実在していないものであることが判明した。したがつて、この点においても被告主張の推計方法は、その前提たる資料の実在性及び正確性に欠けるものであつて、到底合理的であるということはできない。

なお、原告の属する荒川区内では、クリーニング業者のほとんどが前記の同業組合に加盟しており、これに属しないいわゆるアウトサイダーは極めて少なく、また、同業組合に届出る各業者の従事員数も、組合費算定の基礎となるものとして組合幹事のチエツクを受けているから、その正確性は担保されており、その他各業者の営業の実態なども右同業組合において正確に把握されているものであるから、原告の調査結果は、被告の把握したものよりもはるかに正確なものであり、同業者の実態を反映しているものということができるのである。

3  被告は、原告の売上金額については推計により算出をしているのに、経費のうち大きな割合を占める雇人費は、原告の確定申告の際の添付書類に計上されている実額(ただし、昭和三七年分は、昭和三六年分と昭和三八年分の平均額である。)によるべきであると主張する。

しかしながら、売上と経費は、所得金額の算定上、不可分一体のものであるから、それぞれの金額を算出するにあたつて、まつたく別個の事実を基礎とすることは許されないというべきである。すなわち本件に即していえば、被告は、原告の提出した資料(確定申告の添付書類)の記載のうち、売上金額についてはこれをまつたく無視し、雇人費のみをこれから拾い出すことにより、同一の証拠を適当に分断してしまつているのであり、その結果、原告が確定申告に際して計上した雇人費の基礎となる従事員数は、被告が売上金額の推計に用いた原告の従事員数に比較し、本件係争年分のいずれにおいても過少であることになり、そのため被告主張の従事員数が正しいとすれば、原告の雇人費は従事員数に照らし極端に低額であるということになつて、原告らクリーニング業の経営の実額をまつたく反映しないことになるのである。要するに、被告主張の従事員数を基礎とすれば、原告の雇人費はもつと多額になるはずであり、逆に原告の確定申告における雇人費を基礎とすれば、従事員数、したがつてまた売上金額は、被告主張よりも少なくなるはずであるから、結局いずれにしても被告主張の課税根拠を正当とする余地はない。

4  原告は、本件係争年分当時においては法人組織となつていなかつたものであるにもかかわらず、被告は、原告の売上金額を推計するについて法人の同業者の比率を用いているが、その点はともかく、被告の推計は、第一次的には、売上金額については右のように法人同業者の比率によるのに対し、所得率についてはまつたく別の個人同業者の比率によつているものであり、首尾一貫しないものといわなければならない。これは推計による原告の所得を水増しするための便宜的な操作であると解せられ、そのような推計方法に合理性がないことは明白である。

なお、所得率についていえば、所得率は従事員の数によつても影響をうけ、従事員数が増えれば一般経費も増加するのであり、また個人と法人によつても大きな差異が生じることは当然である。また同業者についても、被告の管内に原告と同規模の個人同業者が存在レないということはないのであるから、いずれにしても、被告主張の推計方法が、恣意的であるとすることにかわりない。

5  被告は、原告の売上金額を推計するにあたつて、各年分ごとに、各法人同業者の売上金額を合計し、これを右同業者全部の従事員数で除して、従事員一人あたりの平均売上金額を算出しているが、このような方法が適切でないことはいうまでもないところであり、同業者のうち最も低いものを採用するか、そうでなければ各同業者ごとに従事員一人あたりの売上金額を算出し、その合計を同業者数で除して全体の平均値を求めるべきである。

また、大規模な法人組織の業者は別として、従事員一〇名程度の業者においては、その売上は従事員の労働のみによつて生まれるものではありえないのであつて、事業主やその家族の労働をも考慮に入れなければならないことは当然である。したがつて、仮に被告主張の推計を用いるとしても、同業者の従事員一人あたりの売上金額を算出するについては、各同業者の従事員数は、別表二、四、六、のとおりではなく、これに事業者とその妻の各二名を加えた数によるべきであり、これにより求めた一人あたりの平均売上金額から原告の売上金額を算出すると、原告の従事員数にも被告主張の数に事業主である原告自身(あるいはさらにその妻)を加えたとしても、被告主張の金額が過大であることは計算上明らかである。なお、ちなみに以上の方法(ただし、原告の従事員数に原告自身を含めるが、妻は含めない場合)により原告が試算すれば、原告の本件係争年分の売上金額は次のとおりである。

昭和三七年分 五、一四八、七二六円

昭和三八年分 五、八八六、二六九円

昭和三九年分 六、三六五、一二四円

したがつて以上の点においても、いずれにしても被告主張の推計方法が合理的であるとはいえないことが明らかである。

五  同業者の雇人費率による売上金額の推計の合理性について 被告は、同業者の平均雇人費率により原告の売上金額を推計する方法をも主張するが、右の推計方法についても、原告が従事員一人あたりの売上金額による推計の合理性について前記四2で述べた非難がそのまま該当するほか、同じく四1で述べた事情に照らしても、これが合理的な推計方法といえないことは当然であり、被告の主張は、同業者の雇人費等について、自己に都合よく操作した数値に基づくものというほかない。

また、昭和三七年分及び昭和三八年分についていえば、被告主張の同業者の平均雇人費率の算出基礎となつた雇人費には、各事業主の妻に支払われた給料を控除しているが、右各年分中において原告の妻は家事に専念していたのであり、原告の事業専従者から除外されているものであるから、右のような控除をすべき理由はないことになる。したがつて、この点においても、被告主張の右推計方法は合理的とはいえないことになる。

もつとも、被告主張の雇人費率による推計を前提としても、原告の昭和三九年分の売上金額は、被告の第一次的な主張(従事員一人あたりの売上金額による推計)を約八〇〇、〇〇〇円下まわることになり、これにより原告の所得金額を算出すると、本件処分の認定額(審査裁決により一部取消された後のもの。)をはるかに下まわることになるのであるから、以上のように被告の主張がすでに破綻していること自体から、本件における被告主張の推計方法は合理性を欠くものであり、また本件処分が不当違法なものであることが明らかというべきである。

六  水道光熱費による収入金額の推計の合理性について

被告は、原告の基準年分(昭和四一年分)の水道光熱費と収入金額の比率をもとに、本件係争年分の収入金額を推計することを主張するが、右推計方法を用いると、原告の所得金額は、昭和三八年分及び昭和三九年分については、本件処分の認定額を下まわることが被告の主張自体から明らかである。そして、このように、推計の計算の基礎となるべき事実が欠陥を有し、不適当であつて、それにより推計した所得金額が更正処分の認定額をも下まわることが明らかなときは、当該推計方法自体が合理性がなく違法であるから、更正処分の全部について取消されなければならないと解され、本件処分もその全部について取消を免れないものというべきである。

また、被告は、原告の昭和三七年分の水道光熱費について、原告が被告に提出した昭和三六年分の「諸経費内訳」の記載を資料として用いたと主張するところ、原告はそのような書面を被告に提出した覚えはないのであるが、それはともかく、被告が右の推計にあたつて基準年とした昭和四一年は、原告において従前のボイラーの使用をやめ重油を燃料とするボイラーを設備した年にあたるから、本件係争年分とは業態を異にしていることになり、被告主張の水道光熱費の比較による収入金額の推計方法は、この点においても合理的でないといわざるをえない。

なお、右の推計に基づく被告の課税根拠の主張のうち経費に関し、本件係争年分において被告主張のとおりの借入金利子の支払があつた事実は認める。

第五原告の反論に対する被告の再反論

一  原告の反論二について

原告は、原処分たる本件処分と異なる計算類型による課税根拠を被告が訴訟上主張することは許されないと主張する。

しかし、課税処分取消の訴において、直接審判の対象となるものは、当該課税処分の適否であつて、実際の課税標準等または正当な税額等の数額が直接審査の対象となつているものではない。そして、課税処分は客観的、抽象的にはすでに成立している租税債務を確認しそれを具体的に確定させるための一つの方法にすぎず、かつ、これまでの税法は青色申告を更正する場合における帳簿書類の調査、理由の付記などのほかには、課税庁が課税標準等を認定し課税処分を行なうに際しての手続的な規制は設けていないから、課税庁の認定、計算した課税標準等または税額等が税法に違反しているかどうかは、青色申告の更正以外では、専らそれが実際の課税標準等または正当な税額等を超えているかどうかによつて決定されるものであつて、その認定根拠は単なる攻撃防禦方法にすぎないとされている。

また、所得税の更正処分は、ある特定の個人の、ある特定の年分の所得税の課税標準等または税額等という単一の事実をその対象とする処分であり、その理由ごとに処分の個数(同一性)を異にする性質のものではない。そして、課税処分がその内容(実体)において違法とされ取消される原因となるのは、課税庁が認定、計算した課税標準等または税額等の数額(結論)が実際の課税標準額等または正当な税額等を超えていること以外にはないから、課税処分がその内容において適法であることについては、課税庁は、自己の認定、計算した課税標準等または税額等が実際の課税標準等または正当な税額等を超えていないことを主張立証すれば足り、時機に遅れた攻撃防禦方法その他の法事上の要請に反しないかぎり、実際の課税標準等、または正当な税額等がいくらかであるかについての主張を変更することも許されてしかるべきである。そして、実際の課税標準等、または正当な税額等は本来課税処分よりも前にすでに一義的に決まつている建前のものであり、これを処分時で判断してもそれ以後の時点において判断してもその判断が異なりうる性質のものではないから、課税処分取消の訴における違法性の判断の基準時を、いつとみるかによつて右の結論が異なるはずはない。

したがつて、原告のような白色申告を更正した本件処分について、被告が、処分それ自体の課税標準額とその課税根拠を具体的に主張立証すべき必要はないのであり、このことは最高裁判所昭和四二年九月一二日判決(最高裁判所裁判集民事八八号三八七頁)等に照らしても明らかというべきである。

二  原告の反論三について

原告は、所得金額について原処分の認定額を上まわる額を被告が主張することは許されないと主張するが、右主張が失当であることは、被告が前記一で述べたところから明らかである。

また、原告は、被告がいく通りもの推計方法によりそれぞれ異なる金額を主張すること自体、それらの推計方法の合理性の欠如を物語るものであると主張するが、この主張も以下のとおり失当といわなければならない。

すなわち、そもそも推計課税は、課税庁が、所得金額を常に実額によつて算定して課税しなければならないとすると、帳簿書類の備え付けがなく、あるいは納税義務者が課税のための調査に応じないことにより、実額による所得金額が計算できない場合には、課税をなしえないことになつて甚だしく不合理であり、またその結果課税の公平が期しがたくなることから認められたものである。したがつて、所得金額を推計する方法は、それが、所得金額を実額で計算することができない場合の代替的、補充的計算方法であることからして、おのずからそれに絶対的確実性ないし合理性を求めることは不可能であるといわなければならないのである。

してみれば、課税庁が、課税資料が収集可能であるにもかかわらず、これを収集せず、また、他に真実の所得金額と合致する蓋然性の高い推計方法が存在するにもかかわらず、これを採用しないなど、故意に真実に近い所得金額を算定することをしないような場合は格別、本件のごとく原告が調査に協力しないために、直接的な課税資料が得られないような場合に、被告が、把握しえた資料をもととして、原告の所得の実額に近似する金額を算定すべく、各種の推計を行ない、その結果いく通りもの金額を主張することになつても、それらの推計方法に明白な不合理性が認められない以上、なんら非難されるいわれはないのである。

いわんや、被告が、本件において推計によつて主張する原告の収入金額等は、いずれの推計方法によつて算定した数値もおおむね近似しているものであるから、その推計方法には、いずれも合理性があるということができるのである。`

三  原告の反論四について

1  原告は、クリーニング業においては従事員の数と売上金額は比例しないのが通常であると主張する(原告の反論四1)。

しかし、従事員数が売上金額を決定づける重要な要素であることは、課税根拠についての被告の主張においてすでに述べたとおりであり、クリーニング業における日常の営業は、洗濯能力の設備能力に基づき、外交活動と作業工程が有機的に組合わされて行なわれ、従事人員の労働力が中心となるのであつて、その営業活動したがつて売上が従事人員の総稼働時間数によつて制約されることは当然である。そして、このことは、別表一一ないし一三に示すように、法人同業者の売上金額合計額に対する代表者等の給料控除後の雇人費合計額の割合が、本件係争年分においていずれも三〇%前後の一定割合を占めていることからもいえるのであつて、以上によれば、従事員数と売上金額に比例関係がないとする原告の主張は失当であるというほかない。

2  原告は、被告主張の別表二ないし一〇の同業者について、その住所氏名を明らかにしないことは信義則に反し許されず、またその多くは実際には存在しないものであると主張する(原告の反論四2)。

しかし、被告ら税務署職員等は、国家公務員法一〇〇条一項、所得税法二三四条等により、自己が職務上知りえた秘密をもらしてはならない法律上の義務を課せられており、同業者の住所氏名を明らかにすることにより、その年間売上金額、必要経費その他の営業上の秘密に属する事項を開示し、これによつて他の同業者に事業の規模、営業方針を知らせるようなことは許されないのである。したがつて、以上のような法律上の制約のため、被告が、原告に対する課税根拠の主張立証において、同業者の住所氏名を明らかにしないまま、当該同業者の申告内容を資料に用いて、裁判所の合理的な心証を得るための訴訟活動を行なうことは、もとより訴訟法上認められるのであり、また原告がこれに対し反証を提出することも十分可能であるから、これが信義則に反するということもできないというべきである。

また、被告主張の法人の同業者は、被告の管内のクリーニング業を営む全法人に対し、その法人税歴表、法人の事業概況説明書等によつて綿密な検討を加え、対象となつた法人の真実の従事員数(代表者及びその妻並びに営業に従事していない監査役等を除く。)を把握したのであつて、同業法人の範囲及び実際の従事員数の正確度は極めて高いものである。これに対し、原告が調査した東京都クリーニング環境衛生同業組合には、都内の全クリーニング業者が加盟しているわけではなく(なお被告主張の同業法人のうち、別表四のキ、別表六のホ、チの法人はいずれもいわゆるアウトサイダーである。)また右同業組合においては、その加盟業者の法人格の有無についての厳密な把握が必ずしも十分ではなく、また各加盟業者の従事員数も、組合費算定の基礎となるものであるから実際より過少に申告されやすく、しかも申告された従事員数と実際の従事員数とが一致しているか否かの確認は行なわれていないから、いずれにしても原告の調査内容は正確なものとはいえないことが明らかである。したがつて、原告の調査したところと、被告主張の同業者の実態が一致しないとしても、それは原告の調査が不正確であるためなのであつて、被告の主張が事実に基づかないものであるとすることはできない。

いずれにしても、原告の主張は失当といわなければならない。

3  原告は、被告が売上金額の推計に用いた原告の従事員数と、認容した雇人費の基礎となる従事員数とに齟齬があり、売上金額と雇人費の認定に矛盾があると主張する(原告の反論四3)。

しかし、まず従事員数についていえば、原告が確定申告に添付して被告に提出した書類(被告はその記載に基づき雇入費を認容したものである。)に記載された従事員数は、原告の所得金額の増加をもたらす収入金額とともに、原告の事業規模を示すものとして、これを過少に記載したものであり、原告が東京都クリーニング環境衛生同業組合に届出た被告主張の従事員数の方が実際のものであると解される。他方、雇人費については、原告は、その申告の添付書類に実額を記載したと解されるが、その理由は次のとおりである。

すなわち、昭和三八年分及び昭和三九年分について原告の申告にかかる雇人費から、被告主張の原告の従事員数により、従事員一人あたりの平均月間雇人費を計算し、これと労働省発行の「毎月勤労統計調査総合報告書」を基礎として算出した右各年分における「洗たく、理容、浴場業」の従事員一人あたりの平均月間給与額、あるいは別表一一ないし一三の記載をもとに計算される法人同業者の従事員一人あたりの平均月間雇人費(ただし、雇人費は代表者等の給料控除後のものに限る。)を比較すると、原告に関する数値は、後二者をやや上まわるか、あるいは近似しているということができ、したがつて、このことから原告の申告した雇人費は実額であると解することができるのである。なお、ちなみに、原告の申告の際の添付書類に記載してあつた従事員数から、前同様に従事員一人あたりの平均月間雇人費を計算すると、前記の各計算結果による月間雇人費等に比べ、異常に高額となり、原告の申告にかかる従事員数が過少であることは、この点からも明らかになるのである。

以上のとおり、本件係争年分におけるクリーニング業従事員の月間給与額の実態からみて、被告主張の原告の従事員数と雇人費との関係においてなんらの矛盾はないというべきであり、原告の非難は失当というほかない。

4  原告は、被告が、売上金額については法人同業者の比率によりながら、所得率については個人同業者の比率を用いた点を首尾一貫せず合理的でないなどと主張する(原告の反論四4)。

しかし、被告が、原告の売上金額の推計にあたつて法人同業者の比率によつたのは、本件係争年分における原告の営業規模は、その従事員数からして他に比較し著しく大きく、同業者中のトツプクラスに属しており、被告の管内には原告と事業規模が同程度であると認められ、かつ、青色申告をしている個人事業者がいなかつたため、被告としてはやむをえず原告と同規模の法人同業者に比準を求めたことによるものである。また、所得率について、第一次的には個人同業者の比率によつたのは、所得率は、従業員の数にほとんど影響を受けないと解されるところ、原告は個人事業者であるので、法人より個人のものによつた方が、より原告の実態を反映し正確であると解されるからである(なお、所得率について法人同業者の比率を採用しても、本件処分が適法であるとする結論に影響しないことは前記のとおりである。)。

したがつて、被告が以上のような同業者比率を採用したことには、それぞれ十分な根拠と合理性があるのであつて、原告が主張するように原告の所得を水増しするための便宣的な操作を行なつたものでは決してないのである。

四  原告の反論五について

原告は、被告がその雇人費率による推計において、昭和三七年分及び昭和三八年分につき法人代表者の妻に支給された雇人費を控除して計算しているが、これらの年度においては、原告の妻は専従者ではなく、事業従事員から除外されているので、これを控除すべき理由はない旨主張する。

しかし、次に述べるとおり、原告の妻は当該各年分においても原告の事業に従事していたことが明らかであるから、原告の右主張は失当である。

1  原告は、昭和四〇年三月一日から株式会社東亜ドライクリーニング商会として法人組織で営業するようになつたのであるが、その直後から原告の妻は右法人の役員としてその事業に従事している事実があり、この事実によつても、原告の妻が個人事業の当時実際に事業に従事していなかつたとの主張が失当なものであることは、原告の妻が、法人組織になつたからといつて突然に事業に従事しなければならなくなつたものではないことからも明らかである。

2  また、原告の妻は、昭和三七年分及び昭和三八年分の確定申告書では、配偶者控除の対象とされているが、これは同人が事業に従事していなかつたからではなく、配偶者控除額と事業専従者控除額とに開差があり、配偶者控除を選択した方が原告にとつて有利であつたからである。

したがつて、原告の妻が、当該各年分において事業専従者控除を選択しなかつたからといつて、事業に従事していなかつたことにはならないのである。

3  さらに、昭和四〇年八月三日に被告係官が原告の店舗に調査に臨店した際、原告の妻は来店した顧客の応接をしていた事実が認められ、この事実によれば、同人は、店番として顧客の応接をすることが職務であつたことが認められるのである。

五  原告の反論六について

1  原告は、被告の予備的な課税根拠の主張(水道光熱費による推計)について、推計による所得金額が、原処分を下まわる場合には、その推計方法自体に合理性がないから、更正処分の全部が取消を免れないと主張するが、推計の基礎資料に欠陥がなく、推計方法が合理的であるならば、たとえその結果が原処分の認定額を一部下まわることがあつたとしても、原処分の全部が違法になるものでないことは当然である。

2  なお、念のため付言するに、被告が予備的に主張する水道光熱費による所得金額の推計方法は、昭和四一年分の原告の収入金額及び水道光熱費を用いて二年ないし五年前の本件係争年分の所得金額を推計するものであるから、厳密にいえば、その間の物価変動を考慮する必要があるが、次に述べるとおり、その間水道光熱費の価額にはほとんど変動がなく、洗濯料金については若干の変動があつたものの、問題にするに足るほど著しいものではなく、仮にその変動を考慮に入れて所得金額を算出しても、その所得金額と被告主張の所得金額との差は極めてわずかであり、これを無視しても、少なくとも原告の不利になることはなく、被告が予備的に主張する右課税根拠の結論に影響がないというべきである。

(一) 洗濯料金

(1) 東京商工会議所の「サービス料金動向」により、昭和三七年から昭和四一年の間における洗濯料金の変動についてみると、

(イ) まず、右「サービス料金動向」の調査品目であるワイシヤ.ツ、背広上衣、ズボンの洗濯料金及び昭和四一年を一〇〇とした同料金の各年の指数は、次表のとおりである。

区分

〈1〉 料金(円)

〈2〉 〈1〉の料金指数

品目

年分

ワイシヤツ

背広上衣

ズボン

ワイシヤツ

背広上衣

ズボン

昭和37年分

四四・〇〇

二七六・七五

一八六・二五

八八・四

九七・一

九八・八

昭和38年分

四九・〇〇

二九〇・七五

一九四・二五

九八・四

一〇二・〇

一〇三・〇

昭和39年分

四九・〇〇

二九三・〇〇

一九七・〇〇

九八・四

一〇二・八

一〇四・五

昭和40年分

五〇・〇〇

二九五・〇〇

一九二・〇〇

一〇〇・五

一〇三・五

一〇一・八

昭和41年分

四九・七五

二八五・〇〇

一八八・五〇

一〇〇・〇

一〇〇・〇〇

一〇〇・〇

(注) 右表の昭和四一年分の各料金は、同年の三月及び六月の料金の平均値である。

(ロ) 次に、右各品目の料金指数は、各品目の取扱割合を乗じて各年分の平均指数を算定すると次表のとおりとなる。

年分

平均指数

昭和37年分

九二・七

昭和38年分

一〇〇・三

昭和39年分

一〇〇・八

昭和40年分

一〇一・二

昭和41年分

一〇〇・〇

(注) 右表の平均指数の計算は、別表一七のとおりである。

右平均指数により基準年分である昭和四一年分と本件係争年分との料金の変動状況をみると、昭和三七年分は七・三パーセント下まわつているが、他の年分はいずれも上まわつており、かつ、その開差は僅少である。

(2) 右(1)の(ロ)の平均指数からみて、原告にとつて不利になると思われる昭和三七年分について、原告の同年分の収入金額(別表一四参照)に右指数の〇・九二七を乗じたうえで、原告の同年分の所得金額を前記第三の二4と同じ方法で試算すると、次のとおり本件処分の認定額を上まわるから、結局のところ結論には影響しない。

収入金額(昭和三七年分)

五、九七四、二五二円(別表一四の収入金額)×〇・九二七(昭和37年分の平均指数)=五、五三八、一三一円特別経費控除前所得(同前)

五、五三八、一三一円×六二・二六%(特別経費控除前所得率)=三、四四八、〇四〇円所得金額(同前)

三、四四八、〇四〇円-(一、九三九、〇〇〇円(雇人費)+六二・〇四(支払利子)五円+三一、二〇〇円(地代)+七四、二一〇円(弁償金)十二二、六三二円)(建物減価償却費)=一、三一八、九五三円

(注) 弁償金

五、五三八、一三一円×一・三四%(弁償金率)=七四、二一〇円

(二) 水道光熱費

「サービス料金動向」により、昭和三七年から昭和四一年の間における水道光熱費の変動についてみると、その調査品目である水道、電気、ガスの各料金及び昭和四一年を一〇〇とした右各料金の指数は次表のとおりである。

区分

年分

〈1〉 料金等

〈2〉 〈1〉の料金の指数

水道(円)

電気(円)

ガス

水道

電気

ガス

昭和37年分

一四〇・〇〇

六四六・七六

九九・三

一〇〇・〇

一〇二・一

一〇二・一

昭和38年分

一四〇・〇〇

六四〇・八四

九八・四

一〇〇・〇

一〇一・一

一〇一・二

昭和39年分

一四〇・〇〇

六三四・九二

九七・四

一〇〇・〇

一〇〇・二

一〇〇・二

昭和40年分

一四〇・〇〇

六三三・四四

九七・二

一〇〇・〇

一〇〇・〇

一〇〇・〇

昭和41年分

一四〇・〇〇

六三三・四四

九七・二

一〇〇・〇

一〇〇・〇

一〇〇・〇

(注) 右表の〈1〉のガス料金は、昭和三七年分及び昭和三八年分については「サービス料金動向」に記載されていないので、便宜昭和三五年を一〇〇とした同料金指数により示した。

(2) 右(1)の表の「〈2〉」の料金等の指数によれば、水道料金については、全く変動がなく、電気及びガスの料金については、基準年分である昭和四一年分に比しわずかに上まわることになる。

第六証拠〈省略〉

理由

一  請求原因一の事実(本件処分の経緯)については当事者間に争いがない。

二  本件処分の認定した原告の総所得金額の適否

原告は、本件処分において認定された原告の本件係争年分の総所得金額は、いずれも過大であると主張するので、まずこの点から判断するに、被告は、原告の本件係争年分の収入金額(売上金額)等につき推計により算出した旨主張する。

そこで、被告主張の推計と、その認定額の当否について検討することとする。

1  推計の必要性について

所得に対する課税は、およそ可能な限り実額によるべきものであつて、推計による課税は、納税者が信頼できる帳簿、記録等を備えておらず、あるいは課税庁の調査に対して非協力的な態度をとるなどのため、課税庁において実額の把握が困難である場合にはじめて許されるものであると解するのが相当である。

これを本件についてみると、〈証拠省略〉によれば次の事実を認めることができる。

(一)  被告係官蔵谷昭造は、原告の本件係争年分の所得税調査のため昭和四〇年八月上旬ころ原告方を訪れ、原告の妻に来訪の目的を告げ帳簿等の提示を求めたが、当日は原告が不在であつたため、これを理由に調査を拒絶され、結局調査の目的を達しないまま退去した(第一回臨店調査)。

(二)  蔵谷係官は、その後数回にわたり原告と電話で連絡をとり原告の都合を確めた後、右第一回臨店調査の二、三日後に再び原告方を訪れ、来訪の目的を話して、原告に対し営業関係の帳簿等の提示を求めたが、その際原告の他に民商の事務局員や会員ら数名が臨席し、原告とともに蔵谷係官に対し、調査の具体的理由について説明を求め、あるいは「原告は所得税について自主申告しているから調査の必要はない」旨次々と発言して、同係官の調査を非難したので、これをめぐつて原告らと同係官との押し問答がつづいた。またその際、前回の第一回臨店調査に際して、蔵谷係官が原告店舗のカウンター上にあつた売上伝票の一部をメモしたことについて、同係官は原告の妻の了解を得ていたとするのに対し、原告らは無断であつたとして、この点についても議論がなされた。蔵谷係官は、議論を打切り調査を行うため、原告以外の者の退去を求め、また原告に対し調査に協力するよう求めたが、原告らは、調査の必要がないとして、これを拒絶したので、同係官は、当日は結局なんらの実質的な調査を行なうこともできず退去した(第二回臨店調査)。

(三)  その後蔵谷係官は、電話で原告の都合を確め面会を約し、磯博係官とともに同年八月下旬ころ原告方を訪れ、原告に対し、調査に応じ帳簿等の提示や質問に答えるよう求めたが、当日も前回の第二回臨店調査の際と同様に民商会員ら五、六名が同席し、前回と同様に同係官らの調査を非難し、これをめぐる押し問答に終始し、実質的な調査は前回同様になんら行なうことができなかつた。なおこのときは、被告においてすでに原告の取引先である金融機関の調査を行なつていたので、原告らは、反面調査には原告の承諾が必要であるとして、この点についても蔵谷係官らを難詰した(第三回臨店調査)。

(四)  以上のように原告方での臨店調査においてなんら実質的な調査を行なうことができず、目的を達することができなかつたので、蔵谷係官は、他の調査等によつて原告の所得を計算したのであるが、原告自身の帳簿書類等によつてこれを再検討するため、同年一一月上旬ころ原告方を訪れ、原告に右事情を伝えたうえで帳簿等の提示を求めたが、原告は、調査の必要がないとして、またこのとき店舗が改築中であつたことから、これも理由として調査に応ずることを拒み、結局原告からは所得調査に必要な帳簿書類等の提示はまつたく得られなかつた(第四回臨店調査)。

以上の事実が認められるところ、〈証拠省略〉(第一のうち右認定に反する部分は採用できず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

右認定事実によれば、原告は、被告係官の調査に協力せず、質問に回答することあるいは帳簿書類や記録等を提示することを拒絶していたものであつて、被告としては、原告の所得を実額で把握することが困難であつたといわざるをえない。そしてそうとすれば、原告の収入金額等について、他に実額を把握するに足る資料の存しない本件においては、これにつき推計による算出が許される場合であるというべきである。

もつとも、原告は、被告の調査を拒絶していたものではなく、被告係官が違法不当な行為をあらためればこれに協力するつもりであつたと主張する(原告の反論一)。

しかし、原告が被告の調査についてこれを違法不当であるとする事実(請求原因三3(二)参照)は、後記三3(二)のとおりいずれも当該事実の存否が証拠上明らかでないものか、あるいは原告主張の事実を前提としても違法あるいは不当ではないものと解され、少なくとも被告の調査を一切拒絶できる正当な理由とは認められないのみならず、〈証拠省略〉によれば、原告は被告の調査が行なわれた当時その売上を記帳した売上帳を所持しており、第二回ないし第四回の臨店調査の際に、これを原告において被告係官に提示することは十分に可能な状況にあつたことが窺われ、さらに弁論の全趣旨によれば、原告は、前記の臨店調査の後異議申立段階においても、被告に対し帳簿書類等の提示をするなどして調査に協力することは、一切しなかつたことが認められるから、前記認定事実とこれらの事実を総合すれば、結局のところ原告は、被告係官の調査に際しては、調査自体を論難することを主目的として、これに協力することは当初から一切拒絶していたものと解するのが相当であつて、本件において推計が許されるとする前記結論にかわりはないといわなければならない。

2  推計の合理性について

推計による課税処分は合理的なものでなければならないが、合理的であるというためには、その採用された推計方法自体に合理性があり、かつ推計の基礎となつた事実の選択が事案にとつて適切であり、しかも右事実が的確に把握されていることを必要とするものである。

もつとも、推計課税を容認する法の趣旨は、当該推計によつて得られた所得金額が、真実の金額(実額)に合致するか否かを問わず、これに合致する蓋然性をもつて適正な課税標準として是認することにあると解され、また合理的とされる推計方法は、同一人の同一年分の所得についても論理上必ずしも唯一であるとは限らないものである。しかし、合理的とされる推計方法がいくつか存する場合においては、当該納税者の状況により考えられるもののうち、より合理的なもの、換言すればより実額に合致する蓋然性が高いものが採用されるべきであり、この基準により採用された推計方法以外のものは、それが当該事案において一応の合理性を有するとしても、これを所得の認定にあたつて用いることは許されないものと解するのが相当である。

以上の観点に立つて本件を検討するに、被告は、原告の本件係争年分の所得金額を推計する方法として、収入金額につき、〈1〉同業者の従事員一人あたりの売上金額による推計、〈2〉同業者の雇人費率による推計、〈3〉原告自身の水道光熱費による推計の三方法(前二者については、さらに所得率につき、個人の同業者比率によるか法人の同業者比率によるかにより、それぞれ二通りの推計による所得金額が得られる。)を主張する。そこで、右各推計の合理性と原告の収入金額等の認定の当否について検討することとするが、その前に、原告は被告主張の推計方法はそれ自体本件においてすべて採用できないと主張するので、まず以下(一)及び(二)においてこの点につき判断し、しかる後に各推計方法の合理性の検討に入ることとする。

(一)  課税処分取消訴訟の訴訟物について

原告は、課税処分取消訴訟の審判の対象(訴訟物)は、処分時における当該課税処分の違法性であるから、被告が本件処分の際とは異なつた課税根拠を主張することは許されないと主張する(原告の反論二)。

しかし、課税処分取消訴訟の審判の対象は、当該処分の違法一般であると解されるところ、手続的な面における違法は別として、当該処分が実体的に違法であるか否かは、結局のところ、当該処分が認定した課税標準あるいは税額等が、すでに客観的に発生し、一義的に決定されるべき真実の課税標準あるいは税額等を超えているか否かによつて決せられるのであつて、個々の課税根拠はその単なる攻撃防禦方法にすぎないと解されるから、課税庁が処分の適法性を理由づけるため、当該処分の際その理由としたところと異なる課税根拠を訴訟において主張することは許されるものというべきである。

原告は、被告が本件において本件処分それ自体の課税根拠とは別の推計方法をいく通りも主張するのみで、右課税根拠を明らかにしないとして、右の各推計方法の合理性について検討するまでもなく本件処分は取消を免れない旨主張するが、右主張の前提たる原告の見解が採用できないことは以上のとおりであつて、原告の主張は結局失当というほかはない。

(二)  被告主張の推計方法一般の合理性について

原告は、当該事案において合理的とされる推計方法は唯一であるから、被告がいく通りもの推計方法によりそれぞれ異なる数額を主張すること自体、被告主張の推計方法がいずれも合理的でないことを物語つていると主張する。

しかし、原告の右主張が必ずしも正当でないことは前示したところから明らかであり、要するに本件においては、帰するところ被告主張の各推計方法の合理性を個々的に判断すれば足りるのであつて、合理的とされる推計方法が複数存在する場合には、そのうちより合理的なものを採用すべきであるということになるのである。

3  収入金額の推計について

(一)  同業者の従事員一人あたりの売上金額による推計

一般のクリーニング業では、その営業内容において従事員の労働力が占める比重が大きく、したがつてまた、経費のうち人件費の占める割合が大きいと解されるから、クリーニング業者の通常の経営形態としては、特段の事情のない限り収入に見合う従事員数を確保しているものと解される。したがつて、クリーニング業における収入金額と従事員数には自ら一定の相関関係が通常は存するというべきであつて、被告主張の同業者の従事員一人あたりの平均売上金額により収入金額を推計する方法は、その方法自体が一般的に合理的でないとはいえず、一応の合理性を有するものと解すべきである。

しかし、本件において被告が主張する右推計方法につき、その具体的内容を検討すると、右推計方法は、以下(1)ないし(4)のとおり、推計の基礎となる事実や同業者の選択に適切さを欠くものといわなければならず、結局のところ合理性に乏しく、あるいはこれにより得られる金額が実額に合致する蓋然性に乏しいものであるから、後記のとおり、より合理的な推計方法が存する本件においてはこれを採用することはできないといわざるをえない。

(1) クリーニング業において、収入金額と従事員数との間に一定の相関関係があるといつても、収入の多寡を決定する要素が従事員数のみにとどまらないことはもとより当然であつて、立地条件等とならんで、設置されてある機械設備の規模や内容(種類や型式あるいは新旧の度合)によつてもこれが相当に影響されることは当然に予想されるところであり、したがつて換言すれば、機械設備の内容等の異なる同業者間において従事員数のみを比較して、単純に収入金額を算出することは相当でないことになる。このことは、〈証拠省略〉によれば、原告自身の店舗においても機械設備を更新した後は、従前一〇人程度は必要だつた従業員が約半数で足りるようになつたことが認められることによつても明らかである。

しかるに、本件においては、いずれも〈証拠省略〉によれば、被告が比準に用いた法人同業者(別表二、四、六参照)の選定については、従事員数のみによる営業規模に関する原告との類似性が考慮されているほかは、業態についてドライ専業業者あるいは取扱品目や得意先が特定している業者を対象から除くのみで、機械設備の種類、内容等に関する原告との類似性には特段の考慮がなされていないことが認められ、他に右の点に関する類似性を認めるに足る証拠はないから、結局本件において右の点を考慮せず選定した同業者を比準に用いることは必ずしも適切とはいいがたいと解すべきである。

(2) また、一般にクリーニング業の収入の多寡は、従事員の数のみでなく、その能力(熟練度)あるいは分担する仕事内容(たとえば外交を専門とする者がいるか否か)によつても左右されると解されるところ、従事員一人あたりの平均売上金額による推計においては、従事員数が多ければ多いほど、従事員間の能力等の差は捨象され平均化され、推計による結果と実額との誤差の割合が小さくなるといいうるのであるが、反対に従事員の数が少なくなればなるほど、その差は無視しえなくなり、その能力等の差による修正を加えた後でなければ推計による結果が実額に合致する蓋然性は乏しくなることは否定できないというべきである。

もつとも、被告は、小規模なクリーニング業においては、多くの専門的能力ないし技術を要しないから、従事員の質によつては作業量に大きな開差を生じないと主張するが、特にクリーニングの作業工程においてはそのように解すべき根拠はなく、またその点に関する立証もないのみならず、経験則に照らしても前示のとおり解すべきであるといわなければならない。

この点を本件についてみると、被告が比準に用いた法人同業者の従事員数は、被告の主張によつてもごく一部の例外を除きほとんどが七人以下、しかもその大半は五人または六人であつて(別表二、四、六参照)、業界全体に占める位置は別としても、かなり小規模であることは否めないところである。そうとすれば、従事員の能力差による修正を加えない(このことは被告の主張自体から明らかである。)単純な従事員数の比較に基づく被告主張の推計方法は、この点においてもその基礎となる事実の選択において必ずしも適切ではないものといわざるをえない。

(3) さらに被告の主張を前提として、単純な従事員数の比較により原告の収入金額を推計するとしても、前記のような小規模な比準同業者においては、代表者やその妻などの家族労働力も当然無視しえないというべきであり、売上金額と相関関係を有する従事員数に家族労働力を含めないことは相当とは解されない。

しかるに、本件においては、〈証拠省略〉によれば、被告の主張比準法人同業者の従事員数には、代表者とその妻及び営業に従事しない役員を除いていることが認められ、営業に従事していない役員を除外することは正当としても、代表者とその妻を営業に従事しているか否か(あるいは関与の形態)を問わず一律に除外している点で、必ずしも適切とはいいがたい。もつとも、被告は、本件の推計にあたつて、原告の従事員数からも、原告自身とその妻を除外していることが、その主張自体から明らかであるが、これによつても、原告と同業者との従事員数の相対的な比較割合は、双方とも家族労働力を考慮した場合とは異なることが算式上明らかであつて、前記結論に影響しないというべきである。

なお付言するに、原告は、被告主張の各同業者の従事員数に、代表者とその妻の二名を加えた数により推計すべきものと主張する(原告の反論四5)が、各同業者の営業の実態(ただし、本件においてはその資料はなんら存しない。)を検討することなく、一律に右のような操作を加えることは必ずしも適当とはいえない。

(4) 以上に加え、さらに被告の主張それ自体に基づき検討しても、被告が選定した比準法人同業者は、従事員数による規模の類似性を原告との間に求めたにすぎないこと前示のとおりであつて、他の営業条件等の類似性は本件では明らかでないのみならず、被告の主張によれば、原告の本件係争年分の従事員数は八・五人ないし一〇人であるのに対し、右同業者の従事員数は、別表二、四、六によれば、五人ないし七人のものが昭和三七年分では五軒のうち四軒、昭和三八年分では八軒のうち六軒、昭和三九年分では九軒のうち八軒をも占めているのであつて、しかもそのうち昭和三八年分と昭和三九年分では一軒を除きすべてが六人または五人であるから、このように原告より相当に小規模な法人同業者が多くを占める比準者の平均値により、原告の収入金額を推計することの相当性は、かなり疑問であるといわざるをえない。

なお、ちなみに被告主張の法人同業者の売上金額と従事員数(別表二、四、六)から、各同業者の従事員一人あたりの売上金額の最大値と最小値を試算してみると、昭和三八年分において、、「エ」法人の九七四、〇〇〇円と「ク」法人の五九〇、六六六円の開差があり、また昭和三九年分においても「ニ」法人の一、一〇八、六六六円と「チ」法人の六六五、四〇〇円の開差があり、以上の開差は相当に大きいものといわなければならず、このことは比準同業者にあたつてかなり条件の異なつたものが選定されていることを推認させるものであつて、被告主張の推計の基礎となる事実の選択が適切とはいいがたいことは、この点から明らかというべきである。

(二)  同業者の雇人費率による推計

被告は、原告の雇人費の実額(ただし昭和三七年分は昭和三六年分と昭和三八年分の平均による。)と別表一一ないし一三の法人同業者(それぞれ別表二、四、六の法人に同じ。)の平均雇人費率により、原告の収入金額を推計すべきものと主張する。

しかし、右の比率に用いた法人同業者は、その営業形態における原告との類似性について問題があり、必ずしも適切であるとは解されないこと前記(一)のとおりであるにとどまらず、被告主張の右推計方法は、以下に述べるとおりそれ自体合理的であるとは認められず、本件に採用するに由ないものといわなければならない。

すなわち、雇人費は、税務上納税者の個別事情の反映するいわゆる特別経費として、収入金額から一般経費を控除した残額から、あらためて個別的具体的にこれを算定して控除する取扱いがなされており、もともと収入金額に比例しがたい要素、たとえば家族労働力の構成状況、従業員の雇用条件、熟練度等の特殊な要素を有する支出項目であるとされている。しかも〈証拠省略〉によれば、クリーニング業界においては、従業員が短期間に異動する傾向が強く、また従業員のうちいわゆるパートやアルバイトの占める割合が比較的大きいことが窺われ、従業員の熟練度等についての構成が一定せず変化する傾向が大きいものと推認されるから、その結果、収入金額の変動に対応せずに雇人費のみが独自に変動することが通常めずらしくないと解されるのである。

そうとすれば、雇人費は、相当に大規模な企業を除き、せいぜい原告程度の業者にあつては、営業内容その他につき諸条件の類似性がきわめて強くない限り収入金額と比例関係にあるとは考えられず、しかも個々の納税者の特殊事情を反映する性質の経費であるから、同業者の雇人費率を適用して、これとは別の納税者の収入金額あるいは雇人費を推計することは、合理的でないというべきである。

被告は、被告主張の同業者の平均雇人費率が本件係争年分の各年分とも近似しているとして、右推計方法が合理的であると主張するが、多数の同業者の加重平均値をとれば、業界全体に占める雇人費率として、自ら一定の数値に落ち着くことは統計処理上当然に予想できることであつて、このことをもつて個々の業者の雇人費率も、毎年一定に落ち着き、あるいは右平均雇人費率に近似するという蓋然性が保証されることにはならないこともまた、当然である。したがつて、結局のところ被告の主張は理由がないといわざるをえない。

ちなみに、別表一一ないし一三により、被告主張の各法人同業者の個別的な雇人費率(ただし、代表者等の給料控除後の雇人費の売上金額に占める割合をいう。)を試算してみると次表のとおりとなり、その最大値と最小値についてみると、昭和三七年分では「b」法人の三一・二三%と「e」法人の二四・九二%の開差があり、また昭和三八年分では「ア」法人の三五・五一%と「エ」法人の二〇・一二%の開差があり、さらに昭和三九年分でも「リ」法人の四〇・九八%と「チ」法人の一七・七三%の開差が存するのであつて、以上の開差は、特に昭和三八年分と昭和三九年分において僅少ということができないのみならず、各年分相互間においても無視しえないものといわなければならない。したがつて、右のような開差の存在を捨象し、その加重平均による平均雇人費率により、原告の収入金額を推計することが合理的とはいえないことは、この点からも明らかというべきである。

(昭和三七年分)

法人名

雇人費率(%)

三一・二三

二七・四七

二四・九二

(昭和三八年分)

法人名

雇人費率(%)

三五・五一

三三・〇四

二〇・一二

三一・八〇

三〇・九七

三三・一五

(昭和三九年分)

法人名

雇人費率(%)

三九・七四

二六・二八

二六・七七

三〇・〇六

二二・二三

一七・七三

四〇・九八

(三)原告自身の水道光熱費による推計

(1) 被告は、原告の基準年分(昭和四一年分)の水道光熱費が収入金額に占める割合(水道光熱費の料金一単位あたりの収入金額)と本件係争年分の実額による水道光熱費(ただし昭和三七年分は昭和三六年分と昭和三八年分の平均による。)から、原告の本件係争年分の収入金額を推計すべきものと主張する。

ところで、クリーニング業における収入金額は、設置してある機械設備、取扱品目その他の営業内容に関する諸条件が一定であれば、電力、水道及びガスの使用量に概ね比例するということができることは経験則上明らかであり、収入金額に占める水道光熱費(電力、水道及びガスの各料金の合計をいう。以下同じ)の割合は、自ら一定の線に落ち着くものと解される。そして、本人の過年分ないしは後年分を基準年分としてその収入金額と水道光熱費の割合により、本人の係争年分の収入金額を推計する場合には、基準年分と係争年分との間に、機械設備等の変更がなされたなどの特段の事由が存しない限り、営業内容に関する諸条件はその間変化がないと推定されるから、水道光熱費による右推計方法は、この場合により一層合理的であると解すべきである。

そこで、本件において、右推計方法の合理性を覆すような特段の事情が原告において存したか否かの点につき検討するに、原告は、その基準年分たる昭和四一年には、従前のボイラーの使用をやめ重油を燃料とするボイラーに設備を更新したものであり、本件係争年分とは業態を異にしていると主張する。

しかし、〈証拠省略〉によれば、原告は、その営業形態を法人組織にした後昭和四三、四年ころから順次機械設備を更新し、重油を燃料とするボイラーもそのころ更新したものであることが認められ、この事実によれば、原告の基準年分(昭和四一年)と本件係争年分の間には、ボイラーを含め原告の機械設備に大きな変化はなかつたと認められ、さらにその他本件全証拠によるも、右の期間中に、原告の営業内容に関する諸条件について、前記推計方法によることを不合理ならしめるほどの変化があつたとは認められない。

したがつて、以上によれば被告主張の水道光燃費による推計方法は、本件に適切かつ合理的なものというべく、前二者の推計方法に比べても、本件ではこれを採用すべきであるといわなければならない。

(2) そこで被告主張の右推計方法により、原告の本件係争年分の収入金額を算出すると、次のとおりとなる。

(イ) 〈証拠省略〉と弁論の全趣旨によれば、原告はその昭和四一年分(基準年分)の所得税の確定申告に際して、収入金額を七、一八二、三五六円、水道光熱費を二五六、三八四円として申告していることが認められ、これによれば原告の基準年分の水道光熱費一単位(一円)あたりの収入金額は、次の算式のとおり二八・〇一円と計算される。

七、一八二、三五六円÷二五六、三八四円=二八・〇一円

(ロ) 次に原告の本件係争年分の水道光熱費についてみるに、〈証拠省略〉によれば、被告係官蔵谷昭造が電力会社及び水道局の各営業所の係員から原告の本件係争年分の電気料(電力使用料と電灯使用料を合算したもの。)と水道料を調査したところ、昭和三七年分についてはいずれもすでに資料が存しなかつたが、昭和三八年分については電気料一八八、六九八円、水道料五八、一〇三円、昭和三九年分については電気料一九〇、五四〇円、水道料五九、八〇六円の結果が得られたことが認められる。また〈証拠省略〉によれば、被告係官横山義男がガス会社の営業所において原告の本件係争年分のガス料金を調査したところ、昭和三七年分についてはすでに資料が存しなかつたが、昭和三八年分については合計一八、九三七円、昭和三九年分については合計二六、二八七円の結果が得られたことが認められる。

以上によれば、原告の本件係争年分の水道光熱費は、右各料金を合計し、次の算式のとおり、昭和三八年分については二六五、七三八円、昭和三九年分については二七六、六三三円と計算される。

(昭和三八年分)

一八八、六九八円+五八、一〇三円+一八、九三七円=二六五、七三八円

(昭和三九年分)

一九〇、五四〇円+五九、八〇六円+二六、二八七円=二七六、六三三円

ところで、原告の昭和三七年分の水道光熱費については、以上のように直接の資料が得られなかつたものであるが、〈証拠省略〉によれば、原告は、昭和三六年分の所得税の確定申告に際して、申告書に添付した書類において、同年分の水道光熱費を二〇七、九三五円としていることが認められるところ、他に昭和三七年分の水道光熱費を的確に把握する資料の存しない本件においては、これを右の昭和三六年分の金額と、前記で得られた昭和三八年分の金額の平均により算出することは、合理的であつて相当というべきである。そうとすれば、原告の昭和三七年分の水道光熱費は、次の算式のとおり二三六、八三六円と計算される。

(昭和三七年分)

(二〇七、九三五円+二六五、七三八円)÷二=二三六、八三六円(小数点以下切捨)

(ハ) 前記(ロ)で得られた原告の本件係争年分の水道光熱費は、基準年分の水道光熱費と異なり、営業に関して使用した経費に属するものばかりでなく、家事関連分も含まれていると解されるから、収入金額を推計するについてはその分を控除することが必要である。

しかし本件においては、原告の家事関連分の水道光熱費の実額を把握するに足る資料はなんら存しないから、これを被告主張のように総理府統計局の家計調査年報等による東京都の全世帯平均の額によつて代置させることはやむをえないものとして相当であると解すべきである。しかるところ、東京都の全世帯平均の各金額につき、〈証拠省略〉によれば、昭和三七年分の水道料は二、四〇六円、電気代は一〇、八四一円、ガス代は一〇、二九九円(合計二三、五四六円)であることが認められ、また〈証拠省略〉によれば、同様に、昭和三八年分の水道料は二、三六二円、電気・ガス代は二二、九五一円(合計二五、三一三円)であることが認められ、さらに〈証拠省略〉によれば、同様に、昭和三九年分の水道料は二、四三六円、電気・ガス代は二五、二〇六円(合計二七、六四二円)であることが認められるから、これらの金額を前記(ロ)で得られた水道光熱費から控除して、原告の事業専用部分の水道光熱費を算出すると次の算式のとおり昭和三七年分は二一三、二九〇円、昭和三八年分は二四〇、四二五円、昭和三九年分は二四八、九九一円と算出される。

(昭和三七年分)

二三六、八三六円-二三、五四六円=二一三、二九〇円

(昭和三八年分)

二六五、七三八円-二五、三一三円=二四〇、四二五円

(昭和三九年分)

二七六、六三三円-二七、六四二円=二四八、九九一円

(ニ) 原告の本件係争年分の収入金額

以上に基づき、原告の本件係争年分の収入金額を計算すると、前記(イ)で得られた原告の基準年分の水道光熱費一単位(一円)あたりの収入金額に、前記(ハ)で得られた原告の本件係争年分の事業専用部分の水道光熱費を乗じて、次のとおり算出される。

(昭和三七年分) 五、九七四、二五二円

二八・〇一円×二一三、二九〇円=五、九七四、二五二円

(昭和三八年分) 六、七三四、三〇四円

二八・〇一円×二四〇、四二五円=六、七三四、三〇四円

(昭和三九年分) 六、九七四、二三七円

二八・〇一円×二四八、九九一円=六、九七四、二三七円

(ホ) なお、付言するに、原告の収入金額についての右推計方法においては、厳格にいえば基準年分たる昭和四一年と本件係争年分の間の物価変動を考慮しなければならないのであるが、〈証拠省略〉と弁論の全趣旨によれば、右の期間の水道光熱費あるいは洗濯料金の変動等は、ほとんど問題とするに足りない程度であり、これを考慮しなくても少なくとも原告にとつて格別に不利にならないことは、被告主張(被告の再反論五2)のとおりであると認められ(なお、後記認定の原告の正当な総所得金額参照)、被告の右主張の趣旨に照らしても、本件においては右の期間の物価変動をまつたく考慮しない数額によつて、原告の所得金額等を認定するのが相当というべきである。

4  収入金額から控除されるべき必要経費その他について

(一)  一般経費等の控除(特別経費控除前所得)

原告の本件係争年分の収入金額の推計は、前記のとおり、水道光熱費が収入金額に占める割合を基準年分と比較する方法によつたものであるから、本件係争年分の所得計算にあたつて収入金額から控除されるべき原価及び一般経費を控除した後の額(特別経費控除前所得)についても、基準年分の特別経費控除前所得と収入金額の割合に基づき、本件係争年分の収入金額から推計するのが首尾一貫するし、また控除される一般経費等の性質からして、右推計方法が合理的であることも明らかである。

したがつて、右推計方法により、原告の本件係争年分の特別経費控除前所得を計算するに、〈証拠省略〉によれば、原告の基準年分の特別経費控除前所得は四、四七一、九六五円であると認められるから、これを前認定の基準年分の収入金額七、一八二、三五六円で除して、原告の基準年分の特別経費控除前所得率を計算すると、次のとおり六二・二六%となる。

四、四七一、九六五円÷七、一八二、三五六円×一〇〇=六二・二六%

そこで、右で得られた所得率を前記3(三)(2)で得られた原告の本件係争年分の収入金額に乗ずると、原告の特別経費控除前所得は次のとおり算出される。

(昭和三七年分)三、七一九、五六九円

五、九七四、二五二円×六二・二六%=三、七一九、五六九円

(昭和三八年分)四、一九二、七七七円

六、七三四、三〇四円×六二・二六%=四、一九二、七七七円

(昭和三九年分)四、三四二、一五九円

六、九七四、二三七円×六二・二六%=四、三四二、一五九円

(二)  雇人費

〈証拠省略〉によれば、原告は、昭和三八年分の所得税の確定申告において、同年分の雇人費を二、一九三、八六五円として申告し、また昭和三九年分の確定申告においては同年分の雇人費を二、〇四八、一九五円として申告していることが認められるところ、本件のように収入金額あるいは特別経費控除前所得を推計によつて算出した場合であつても、特別経費の一部につき申告に基づく実額を認容することは、もとより許されることであつて、原告の右各年分の雇人費は、右のとおりと認められる。

また、昭和三七年分の雇入費については、その実額を把握するに足る資料は本件において存しないところ、〈証拠省略〉及び弁論の全趣旨によれば、原告は昭和三六年分の雇人費を一、六八四、一三五円(〈証拠省略〉の雇人費一、六八八、四七五円には結婚祝金等として四、三四〇円が含まれていることが認められるから、これを控除した後の金額をいう。)として被告に申告していることが認められるから、この昭和三六年分の雇人費と前記の昭和三八年分の雇人費の平均額をもつて昭和三七年分の雇人費の額とすることは、他にとりうる手段が見出せない以上まことにやむをえないものとして相当としなければならない。そうとすると、昭和三七年分の原告の雇人費は、次のとおり一、九三九、〇〇〇円と算出される。

(一、六八四、一三五円+二、一九三、八六五円)÷二=一、九三九、〇〇〇円

以上をまとめると、原告の本件係争年分の雇人費は次のとおりとなる。

昭和三七年分 一、九三九、〇〇〇円

昭和三八年分 二、一九三、八六五円

昭和三九年分 二、〇四八、一九五円

(三)  支払利子

原告が本件係争年分において支払つた借入金利子の金額が、昭和三七年分においては合計六二、〇四五円、昭和三八年分については合計一一三、八一三円、昭和三九年分については合計七〇、一〇一円であることは、すべて当事者間に争いがない。したがつて、本件係争年分の経費に算入されるべき借入金利子の金額は、右各年分において右のとおりということになる。

(四)  地代

弁論の全趣旨によれば、原告は、本件係争年分の各年分ごとに地代五二、〇〇〇円を支払つたこと、また右地代の対象となる土地のうち、原告の事業専用部分はその六〇%であつたことが認められ、したがつて原告の経費として導入されるべき地代の額は、次の算式により、各年分につき三一、二〇〇円ということになる。

五二、〇〇〇円×六〇%=三一、二〇〇円

(五)  弁償金

基準年分において弁償金が収入金額に占める割合(弁償金率)

に基づき、本件係争年分の収入金額から弁償金の額を推計することは、他に適切な資料の存しない本件においては合理的というべきところ、〈証拠省略〉によれば、原告の基準年分の弁償金の額は、九六、六八〇円であると認められる。したがつて、右金額を前認定の基準年分の収入金額七、一八二、三五六円で除して弁償金率を求めると次のとおり、一・三四%と計算される。

九六、六八〇円÷七、一八二、三五六円×一〇〇=一・三四%

そこでこの弁償金率を前記3(三)(2)で得られた本件係争年分の収入金額に乗じて、原告の本件係争年分の弁償金の額を算出すると、次のとおりとなる。

(昭和三七年分)八〇、〇五四円

五、九七四、二五二円×一・三四%=八〇、〇五四円

(昭和三八年分)九〇、二三九円

六、七三四、三〇四円×一・三四%=九〇、二三九円

(昭和三九年分) 九三、四五四円

六、九七四、二三七円×一・三四%=九三、四五四円

(六)  建物減価償却費

〈証拠省略〉によれば、原告は本件係争年分の後である昭和四〇年秋ころに店舗を改築したことが認められるところ、〈証拠省略〉によれば、原告は昭和三六年分減価償却費全体として三〇八、七七〇円を被告に対し申告していることが認められるから、本件係争年分の特別経費に算入される建物減価償却費は右申告額を基準に考えられるべきであるということになる。しかし、右申告の額に占める建物減価償却費の金額が必ずしも明らかでない本件においては、基準年分の全体の減価償却費に占める建物減価償却費の割合を、前記申告にかかる金額に乗じてこれを推計するのが相当というべきである。

そして、〈証拠省略〉によれば、原告の基準年分の減価償却費は、建物については五四、四三八円、建物以外については六八八、一八七円であると認められるから、基準年分において建物減価償却費が全体の減価償却費に占める割合は、次のとおり七・三三%と計算される。

五四、四三八円÷(五四、四三八円+六八八、一八七円)×一〇〇=七・三三%

そこで、前記の昭和三六年分の減価償却費の申告額に右の割合を乗じて、本件係争年分の各年分の建物減価償却費を計算すると、次のとおり二二、六三二円と算出される。

三〇八、七七〇円×七・三三%=二二、六三二円

(七)  事業専従者控除

弁論の全趣旨によれば、本件係争年分のうち昭和三九年分については、原告の妻が事業専従者に該当したものと認められるところ、同人の同年分の事業専従者控除額は、昭和三九年法律第二〇号による改正後の旧所得税法(昭和二二年法律第二七号)一一条の二第三項(ただし前記改正法附則三条の規定により読み替えた後のもの。)によれば八六、三〇〇円であると認められる。

5  結語

(一)  以上を要約すると、本件において合理的な右推計方法等により算出された原告の本件係争年分の収入金額、特別経費控除前所得、雇人費その他の経費等は、結局のところ、昭和三七年分については別表一四、昭和三八年分については別表一五、昭和三九年分については別表一六のとおりとなり、これにより当裁判所が認定した原告の本件係争年分の正当な総所得金額を本件処分において認定された総所得金額(ただし昭和三九年分については審査裁決により一部取消された後のもの。)と対比して示せば、次表のとおりとなる。

年分

当裁判所認定額(円)

本件処分認定額(円)

昭和三七年分

一、五八四、六三八

一、一六九、九四五

昭和三八年分

一、七四一、〇二八

一、九〇七、四一七

昭和三九年分

一、九九〇、二七七

二、三二七、〇〇〇

そして、右の表から明らかな如く、原告の本件係争年分の正当な総所得金額は、昭和三七年分においては本件処分の認定額を上まわつているが、昭和三八年分及び昭和三九年分においてはいずれも本件処分の認定額を下まわつていることになり、本件処分は、昭和三七年分については適法であるが、昭和三八年分及び昭和三九年分について、原告の所得を右の限度において過大に認定した違法があるというべく、その限度において取消を免れないといわなければならない。

(二)  なお、原告は、推計により得られた所得金額が更正処分の認定額を下まわるときは、更正処分の全部について取消されなければならないと主張する(原告の反論六)が、推計方法自体に合理性がないならばともかく、本件のように合理的な推計方法が採用され、これによつて算出された所得金額が更正処分の認定額を下まわつた場合は、その限度において更正処分の一部を取消せば足りるのであつて、その全部を取消すべき根拠はなんら存しない。

原告の主張は、その前提において本件に適切でなく失当といわなければならない。

三 原告主張の本件処分のその他の違法事由について

次に、原告主張の本件処分についてのその他の違法事由(請求原因三1ないし3)の存否につき判断する。

1  請求原因三1の違法事由について

原告は、本件処分は原告の民商加入を理由に、民商の組織破壊を目的としてなされたものであつて、憲法一四条、二一条等に反するものであると主張する。

〈証拠省略〉を総合すると、民商は中小商工業者の営業に関し、会員に対する営業、税務、法律相談等の事業を行なう団体であり、昭和三七年ころまでは税務署当局とも一定の協調関係を保つていたものであるが、昭和三九年ころから会員の確定申告や税務職員の調査に際し、税務署当局としばしば対立するようになり、双方に軋轢を生ずるようになつたこと、原告は昭和二六、七年ころ荒川民商に加入したが、その後本件の調査が行なわれた当時も荒川民商に関しほぼ同じような状況が続いていたことが認められ、さらに右各証拠によれば、荒川税務署には、昭和四〇年当時、所得税関係の部課に民商その他の団体を分担する係が設けられていたことが窺われるけれども、しかし、そうであるからといつて、本件処分が原告の民商加入を理由とし、民商の組織破壊を目的とするものであるとまでは、到底いうことができないのであつて、本件においては全証拠によるも原告主張の事実を認めることはできない。

のみならず、〈証拠省略〉によれば、本件処分の前提となつた調査の端緒は、原告の本件係争年分の確定申告による所得金額が、同規模の同業者に比較し過少であると判断されたことにあると認められるのであつて、原告の主張は、結局いずれにしても採用することができないというべきである。

2  請求原因三2の違法事由について

原告は、本件処分は調査に基づかないでなされたものであつて、違法であると主張する。

しかし、〈証拠省略〉によれば、被告係官は、本件係争年分の原告の所得に関し、原告の店舗への臨店調査のほか、取引金融機関五、六店の調査その他の調査を行ない、その結果に基づき原告の所得を資産負債増減法により算出して、被告により本件処分を行なつたことが認められるのであつて、本件処分をするについての法定の要件は満たしているということができ、本件処分が調査に基づかず、根拠なしに行なわれたものであるとする非難はあたらないというべきである。

原告の主張は、この点についても失当といわなければならない。

3  請求原因三3の違法事由について

(一)  原告は、本件の調査が行なわれた当時原告は所得税法二三四条にいわゆる納税義務あ る者等に該当せず、原告について調査をする必要はなかつたと主張する。

しかし、同条一項一号にいう「納税義務ある者」とは、法定の課税要件が満たされて客観的に納税義務を負担しながら未納付の者、または当該課税年が開始して課税の基礎となるべき収入の発生があることにより、その年分の所得税の納付義務を将来負担するに至るべき者をいい、同じく「納税義務があると認められる者」とは、権限を有する税務職員の判断によつて、右の意味における納税義務があるものと合理的に推認される者をいうと解されるから、前記1で認定した本件調査の端緒となつた事実に照らせば、原告が右規定の「納税義務があると認められる者」に該当することは明らかであつて、したがつてまた調査の必要があつたことも当然に認められるのであつて、原告の主張は失当というほかない。

(二)  原告は、被告係官が行なつた調査は違法あるいは不当であると主張する。

しかし、原告主張の事実のうち、被告係官が原告の伝票類を無断でメモしたこと、あるいは身分証明書を携帯しなかつたことについては、〈証拠省略〉中には、一部右事実に沿うような部分もある(ただし、右証拠によつても、被告係官は伝票類のメモを原告の妻の申し出により直ちに中止しており、また身分証明書を携帯しなかつたのは一回のみである。)が、〈証拠省略〉に照らして、必ずしも証拠上明白とはいいがたいのみならず、仮に右事実を認めるとしても、前記二1認定の本件調査の経緯に徴すれば、右事実は、本件の調査全体をすべて違法とし本件処分をも違法とするほどの事由とは到底解されないのであつて、原告の主張は結論において失当というべきである。

また、原告は、被告係官の調査は、原告の店舗が改築中などで原告がこれに応じられないときに行なわれたと主張するが、原告の右主張に沿う〈証拠省略〉は〈証拠省略〉に照らして採用できず、かえつて右証拠によれば、少なくとも前示二1認定の第三回臨店調査のときまでは、店舗の改築あるいはその準備のために原告が調査に応じられない状況にあつたとは認められない〈証拠省略〉し、第四回臨店調査の際も、改築中であつたことは前示のとおりであるとしても、調査にまつたく応じられないほどの状況であつたとまでは認めがたいというべきであつて、結局この点に関する原告の主張も失当である。

さらに原告は、被告係官が調査の理由を開示せず、また原告の承諾を得ないで反面調査を行なつたことは、いずれも違法であると主張するが、調査にあたつてその理由を一律に明らかにすべきとする法令上の根拠はなく、また反面調査を行なうに際し本人の承諾を得ることなどの要件を定めた規定も存しないから、原告の主張はその前提においてすでに失当であるといわざるをえない。

四 結論

以上の次第であつて、本件処分のうち、昭和三八年分のものについて、原告の総所得金額一、七四一、〇二八円を基礎として算出される各税額を超える部分、及び昭和三九年分のものについて、原告の総所得金額一、九九〇、二七七円を基礎として算出される各税額を超える部分については、いずれも原告の所得を過大に認定した違法があり、本件処分の取消を求める原告の本訴請求は、右の限度において理由があることに帰するからこれを認容し、本件処分のその余の部分(昭和三七年分についての全部と、昭和三八年分及び昭和三九年分についてそれぞれ前記各総所得金額を基礎として算出される各税額の範囲内の部分)は、すべて適法であり、その取消を求める原告の本訴請求は失当であるから、右の部分につき原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 内藤正久 山下薫 三輪和雄)

別表一ないし一七〈省略〉

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